その後、どうやって逃げたのかエルハムは全く覚えていなかった。

 ボロボロになったセリムが、病院の中庭の木の影で小さくなって震えているエルハムを発見してくれた。自分の方が傷だらけだったのに、セリムは「エルハム様がご無事で何よりです。」と、一安心した様子だった。
 エルハムはすぐにセリムに抱きついた。彼からは血の匂いがした。

 「私だけ逃げてしまってごめんなさい。セリムが守ってくれて助かったのよ。ごめんなさい………。」
 「エルハム様………。」

 安心と後悔で、エルハムは泣きながら何度もセリムに謝り続けたのだった。


 そこへ、同行していた騎士団員が慌てた様子で中庭に駆け込んできた。

 「エルハム様!ここにいらっしゃいましたか。」
 「皆さん、騒ぎは大丈夫でしたか?」
 「………エルハム様、お急ぎください。」
 「な、何があったのです?」

 エルハムは涙を溜めた瞳を手で擦りながら、騎士団員の方を向いた。彼らの表情は、戸惑っている様子だった。
 そんな彼らを見て、エルハムも何か悪いことが起こったのだとすぐに理解した。

 「エルハム様。先ほど、突然何者かがティティー王妃様に近づき、王妃様が刺されました。………かなりの重傷です。」
 「っっ………お、お母様がっ…………
。」
 「急ぎ、王妃様の所へお向かいくださいっ!こちらです。」
 「そ、そんな………お母様が、刺されたなんて。」

 あまりの衝撃に動揺し、フラフラと倒れそうになるエルハムをセリムがしっかりと支えてくれる。

 「エルハム様。お気を確かにお持ちください。急いで王妃様の所へ行きましょう。」

 セリムに腕を引かれながら、エルハムは足を早めた。
 エルハムはまだ、母が大怪我をしたとは思えず、呆然としたまま走っていた。