それは、ティティーが病院の広場で歌を歌っている時だった。エルハムはステージの脇で母の笑顔と歌声を見守り、そして母の姿を見て勉強をしていた。どんな事を話せばいいのか、立ち振舞いはどんな風なのか、など学ぶことは沢山あった。
 そんな中でも、母の歌声はとても美しくうっとりと聞き入ってしまうのだ。病院の人達も、初めは戸惑ったり、睨み付けている人も多かった。けれど、母が話をして歌を歌うと、皆がティティーに魅了され微笑んでいるのがわかり、エルハムはとても嬉しくなった。

 けれどそれは全員ではなかったのだ。

 エルハムが声を掛けられ席を外した時だった。母が居た所から罵声と悲鳴が聞こえてきたのだ。

 「………お母様っ!?」
 「エルハム様っ、お待ちください。何が起こったのかわかりません。ここは、私と一緒に………っっ!!」

 その時だった。
 エルハムはセリムに突き飛ばされて、そのまま転びながら前に飛んでしまう。
 それと同時に、キンッ!という金属がぶつかる高い音が辺りに響いた。それが剣と剣とが激しくぶつかる音だとエルハムはすぐにわかった。
 恐る恐る後ろを向こうとした。けれど、それもすぐに止められてしまう。

 「エルハム様、後ろを振り向かず逃げてくださいっ!」
 「セ、セリム………。」
 「いいから早くっっ!」

 セリムの焦り強くなった口調、そして剣の音。罵声と、荒い呼吸。
 何か悪いことが起こっているのだ。
 そう重いながらも、エルハムはセリムの言ったように、その場から逃げることしか出来なかった。