「えぇ……私たちもそれは存じております。だからこそ、噂に驚いていまして。私たちも信じてはいません。けれど、噂がすごいスピードで広まっていて、王室を悪く言う人もいるんです。ですから、エルハム様。十分に気をつけてください。誰がエルハム様に危害を加えるかわかりませんから。」
 

 エルハムはセイの母親の話しと忠告を聞きながら、手を強く握りしめた。大好きな母の、嘘の噂が流れているのだ。頭の中は怒りでいっぱいになっていた。
 エルハムの母、ティティーはとても質素な生活をしていた。自分でドレスを買う事はなく、歴代の王妃が使っていた物や、国の人々からの贈り物しか着ていなかった。食事も元々食が細い事や「太ったら綺麗に踊れないから。」と言って、あまり食べない人だった。夜は、セイの勉強を見てくれたり、自分の仕事をこなすので忙しそうだった。そんな母が遊び歩くなどありえなかった。

 エルハムは、先ほど噂をしていた人の所へ行って、母の噂は嘘だと伝えたかった。
 けれど、隣にいたセリムが、エルハムの手を優しく握ってくれたのだ。
 それが、エルハムが強く握りしめていたからなのか、何をしようと思っていたのかわかって止めたのか、どちらなのかはわからなかった。
 
 けれど、セリムの少しひんやりとした手の感触で、エルハムは少し冷静になる事が出来た。


 「おば様。お話ししてくださって、ありがとうございます。私からアオレン王に報告して詳しい事を調べてみたいと思います。言いにくい話しをしてくださって、ありがとうございます。」


 エルハムは辛い気持ちを隠しながら、セリムの母にお礼を言った。すると、セリムの母は「いいえ。エルハム様もお心をしっかりと。信じている人達は沢山います。」と言ってくれた。

 エルハムは、お使いで買った果物をセイから受け取って店を後にした。




 城から出て青果店に向かう時は、町がキラキラと輝き、とても明るく見えた。


 けれど、帰り道は全く違った。

 エルハムを遠くから見る、鋭い視線と怪訝そうな表情が気になり、そして、町全体がとても暗い雰囲気に包まれているように感じられた。