エルハムが挨拶をしたのは、青果店の一人娘であるセイだった。セイはエルハムと同年代のため、エルハムは彼女とおしゃべりをするのが楽しみだったのだ。
「セイ、この間の刺繍はどこまで進んだのかしら?」
「はい。もう完成しました。今日のお洋服の裾の部分でしたので………。」
「まぁ!可愛い。セイは本当に刺繍が上手ね。私もこの青いお花をやってみたいわ。」
エルハムはセイの足元にしゃがみこんで、セイが施した刺繍を見つめて、目を輝かせていた。セイは裁縫が得意であったので、エルハムは彼女に教えてもらうのが最近の日課だった。
「エルハムさま……先に走っていかれては危ないですっ!」
「あら、セリム。遅かったわね。」
「エルハム様が早すぎるのです。ドレスなのに颯爽と人混みを掻き分けて行かれるので……。」
呼吸を荒くしながらセリムは、なんとか言葉を発していた。エルハムを見守りながら、重い防具を付けて走っていたのだ。無理もない。
「セリム様。騎士団に入団されたのですね。おめでとうございます。」
「ありがとう、セイ。これからも、シトロン国と姫様を守っていけるよう務めていくよ。」
セリムは誇らしげに微笑むと、セイも嬉しそうに「頑張ってください。」と声援を贈っていた。
騎士団に入団するのはとても名誉な事であり、国の人々から注目の的になるのだ。だが、セリムは小さな頃から勝手に騎士団の活動に入り込んでは、修業をしたいと行って稽古を無理矢理つけてもらっていたのだ。
それを城の者も城下町の人々も知っているので、「やっと入団出来たのか。」と、自分の子どものように喜んでいたのだ。
そんな世間話に花を咲かせていた時だった。
遠くからジロジロとこちらを見る人たちが居た。エルハムはそれを不思議に思いながら見つめた。
いつもならば、「エルハム姫様、こんにちは。」などと挨拶をしてくれる人ばかりだ。それなのに、今日は笑顔もなく、むしろ怪訝そうにエルハムを見ては何かを話しているのだ。