遠くからバタバタとした走る音や怒鳴り声が聞こえてきた。
 エルハムはその音で、ゆっくりと目を開けた。朦朧とする思考の中、周りを見渡す。いつも目を覚ますと見える、天井やベットの枕、カーテン、そして彼……。それとは違う景色が見える。


 「ん………ここは……ミツキ………。」
 「おはようございます。お姫様。」
 「あ、あなたは………。」


 黒の服に身を包んだ男が目の前に居る。
 白い肌に短い金髪に、青い瞳。初めてみる容姿をエルハムはただ見つめていた。
 この男の声は聞いたことがあるものだ。
 それはわかったが、それ以上はエルハムは考えられなかったし、考えたくなかった。


 「あぁ……あの香りのせいで、考えられないのですね。でも、怖い思いも感じず、楽しく過ごせた方があなたも嬉しいですよね……?」
 「怖いこと……。」
 「そんな事はしませんよ………今は、ね。あなたが拒まなければ。」


 怖いことは嫌だ。
 頭ではそんなことしか考えられなかった。
 拒むとは何の事か。理解など出来ない。


 ただジッと見つめるだけのエルハムを見て、男は満足そうに微笑んだ。