そういうと、その男は持っていたものを、ミツキの足元に投げた。
 ミツキはそれを見つめる。すると、それが本であり、エルハムがチャロアイトから借りて来ていた伝記の最終巻だというのがわかり、身が震えた。
 何故、コメットの奴らが持っているのか。
 そして、やはりエルハムはこの本でミツキを日本に帰す事を最優先にしていたのがわかり、目頭が熱くなるのを感じた。


 「あともつ1つだ。おまえの部屋に置いたメモだが、あれはコメットの俺たちが置いたものになる。お姫様から専属護衛のおまえを離した方が殺しやすくなると思ったからだ。」
 「…………なんで、俺達にそんな事を話す?」
 「だから、言っただろう?お姫様との約束だと。その対価は…………まぁ、わかるだろう?あのお姫様は美人だからな。男としては1度味わっておきたくなるだろ?」


 その言葉を聞いて、ミツキは体が沸騰したかのように熱くなった。
 この男をすぐにでも切り裂いて殺してやりたかった。
 そのような約束をエルハムが、どんな想いで交わしたのか。そして、自分のためにそんな約束をしたかと考えるだけで、自分の弱さに吐き気がした。


 「………っっ………おまえは………!!そんな事を言われて、やすやすと帰すと思ったのか?」
 「まぁ、落ち着け。俺が今日中に帰らなかったら、お姫様を殺すように命令してある。今、俺を殺すのは得策ではないな。」
 「………今、おまえを殺さなければ…………!」
 「俺がお姫様をいただいた後に殺すだけだな。」
 「この下衆が!!」

 
 鎖が付いたままのミツキと抜刀していたセリムがコメットの男に飛びかかろうとした瞬間。
 その男が、隠し持っていた細い短剣をアオレン王に向かって投げた。
 ミツキはハッとして体を止め、セリムは剣で短剣を払い落とした。アオレン王は無傷で済んだ。
 けれど、その隙にコメットの男は、逃げ出していたのだ。もちろん、他の騎士団が捕まえようとするが、上手くかわし、そして短剣を使い巧みに攻撃をして、あっという間に地下牢の階段をかけ上がって行った。

 身軽な男は、牢屋を一目みてニヤリと笑い、そのままシトロンの国から出ていった。

 大勢の騎士団が後を追ったが、追いつくことは出来ず、逃してしまったのだ。

 後で見つかったのは、トンネル付近でコメットの男が着ていた騎士団の正装と、街を警備していた騎士団数名が倒れており、その一人が服を脱がされていた事。
 そして、コメットの男がチャロアイトの森へ逃げていったという情報だけだった。