「シトロン国の民を仲間にする?そんなはずないだろ?密偵を送るほど厄介な国ではないんだよっ!専属護衛の部屋にあのメモを置いただけで、あっさり仲間を見限るなんて、愚か者の集まりだなっ!」
 「キャッ………!!」


 そういうと、エルハムの体を強く押した。
 エルハムはベットに体を投げ出された。腕が固定されており、上手く体が動かせない。目だけでその男を睨み付けると、男は嫌らしく笑いながらその部屋から出て行こうとした。


 「待って………!今から、取引をしに行くんでしょ?だったら、その時に、この取引の事を全て話してきて。」
 「専属護衛様の冤罪をはらせって事か?………それをして俺の何の得になる。」
 「………それは………。」
 「わかった。真実を伝えてこよう。だが、その対価はお前の体だ。この意味はわかるな。」
 「…………わかったわ。」
 「交渉成立だ。楽しみにしておけ。俺は女には優しい。」
 「……………。」


 男はクククッと笑いながら、エルハムの全身を嫌らしく見つめた後に、部屋から出ていった。
 もちろん、ガチャッと鍵をかけられる。
 
 逃げられなくなったはずなのに、エルハムは一人になった今の方が肩の力が抜けるような気がした。
 エルハムは繋がれた手首のまま、先ほど舐められ頬を何度も手で擦った。


 「覚悟してきたはずなのに………。」


 エルハムは自分の瞳に涙を溜まっていくのを感じた。
 取引材料になるのはわかっていた。
 けれど、約束は守ってくれるはずだ。
 ミツキの元に本が届けば、それでいい。
 後は、ここでわざと逃げようとしたり、暴れたりすれば、エルハムは始末され、取引も出来なくなるはずだ。

 そんな作戦とも言えないような方法しかエルハムには考えつかなかった。
 それに、さっきの男が話していた密偵がいないというのは態度からして本当の事だろう。
 そして、ミツキの部屋で見つかった物が、偽造だったとわかれば、ミツキの冤罪もなかった事になるだろう。
 けれど、彼にはこの国では幸せに暮らせないはずだ。1度受けた心の傷は、簡単には癒せないのだから。


 「………ミツキは、日本に帰って幸せになってね………。」


 エルハムは両手で胸元のお守りを握りしめ、そう願い続けた。