「セイが考えてくれた方法で、私は欲しかった本を読むことが出来たのよ。責任を感じることは何もないわ。」
 「エルハム様。」
 「これは私の責任だから。………私がなんとかしなければいけないの。」
 「……えっ。」


 エルハムは自分に言い聞かせるように、彼女が呟いていた。セイは、エルハムが何かを考えているのはわかったけれど、それが何なのか。わかるはずもなかった。だが、恐らく良くない事のような気がしてならなかった。


 「そうだ……セイに1つだけお願いがあるの。」
 「はい。何でしょうか?」
 「これを……セリムに渡して欲しいの。」


 そういうと、エルハムはポケットから1枚のハンカチを取り出した。そこにセリムの名前と騎士団の紋章、そして長い剣が刺繍されていた。
 とても繊細で綺麗に刺繍されており、丁寧に作っているのがセイにはわかった。


 「綺麗な刺繍ですね。エルハム様、すごくお上手になられましたね。」
 「ありがとう。セイに褒められると自信が付くわ。」
 「ですが………どうして私からセリム様にお渡しした方がいいのでしょうか?私ですと、なかなかお会い出来る機会がないのですが。」
 「…………日頃の感謝を込めて作ったんだけど……何だか直接渡すのが恥ずかしくなっちゃったの。だから、お願いね。セリム。」
 「………?わかりました。」


 セイは不思議に思いながらも、そのハンカチを受け取り、セリムに渡すことを誓った。
 その様子を見て、エルハムは安心した表情を見せた。
 そして、何故か切ない顔でセイを見つめた。


 「セイ。今までありがとう。仲良くしてくれて、友達になってくれて嬉しかったわ。そして、ご両親を守ってあげられなくて、ごめんなさい。」
 「………エルハム様。急に何を………。」
 「………セイにも今までの感謝を言わなきゃなって思って。これからも、仲良くしてね。」
 「もちろんです。」
 「ありがとう………。じゃあ夜も遅いし行くわ。」
 「はい………。」
 「おやすみなさい。」
 「おやすみなさい、エルハム様。」


 セイはいつもと違った様子のエルハムを見て、戸惑いながらも彼女を見送るしか出来なかった。

 けれど、エルハムが今にも泣き出しそうな表情で切なく微笑む顔を、セイは忘れることが出来なかった。


 「エルハム様………。」


 エルハムから受け取ったハンカチを眺めながら、セイは不安を隠せずにしばらくの間立ち尽くしていた。