1人の男がそう言うと、ミツキは天井から吊るされていた鎖を外され、左腕のみ床に固定されている鎖に繋ぎ直された。


 「飯はそこに置いてある。………ここから出たかったら罪を認めるんだな。」
 

 ミツキを睨み、そんな言葉を吐き捨てながら男達はミツキの牢屋から出ていった。


 「…………罪を認めたら、助けてくれるのかよ……。」
 

 ミツキは冷たくなった手で両手を覆いながら、小さく呟いた。
 どうして、こんな事になってしまったのか。
 他国の密偵だと疑われたことなど、今までに何度もあった。
 けれど、シトロンに来てもう長い年月が過ぎたので、もう疑われることはないと思っていた。だが、そうではなかったのだ。
 エルハムが変装し、共に他国へ繋がる道へ向かった事で、ミツキが姫を誘拐しようとしていると思ったのだろう。
 
 異世界から来た者は、いつまで経ってもその国に認められる事はないのだ。
 ミツキはそう実感していた。



 目を瞑り、寝てしまおう。
 そう思ったときだった。
 真っ暗な世界に、一人微笑む女が見えた。ミツキは夢だとわかっていたけれど、手を延ばしてしまう。


 「エルハム…………。」


 ミツキは、エルハムの名前を無意識で呼んでいた。すると、彼女は微笑み「ミツキ。」と笑った。
 いつも花のように綺麗な笑顔で微笑み、優しく名前を呼んでくれる。
 

 「ねぇ、ミツキ。『あいしてる』という漢字、教えて欲しいの。」
 「私を残して帰らないで………ミツキ。」
 「……あなたが好き。」


 照れた顔、悲しげな顔、頬を染めて気持ちを伝えてくれた彼女の表情。
 目を閉じれば、昔から今まで、彼女の事を鮮明に思い出せる。

 異世界に来て、牢屋に入れられているというのに。今までの働きを認められず、疑いをかけられていているというのに。
 日本に帰りたいという気持ちが、1番に出てくる事はなかった。


 「エルハム………おまえは今、何をしてるんだ。………会いたい………、そして………。」


 彼女の顔を想像で見てしまったからだろうか。ほんのり体が温かくなった気がした。
 ぬくもりを感じ、ミツキはそのまま目を瞑り続けた。
 きっと夢ならば彼女に会えると信じて。