エルハムの勘違いかもしれない。
彼がエルハムの行動に怒って、一人で帰ってしまったのかもしれない。エルハムは一瞬その考えも頭に浮かんだものの、すぐに「それはない。」と、候補からすぐに消した。
ミツキはそんな事をする人ではなかった。
それは、エルハムが1番わかっていた。
幼い頃から強気で賢くて、何でもこなせるミツキ。だけど、本当は少し怖がりで、努力家で、優しいのをエルハムは知っていた。
エルハムの専属護衛として、仕事以上に心配して見守ってくれていた彼が、他国に行ったエルハムを置いていくなどありえないのだ。
エルハムは、浅い呼吸を繰り返しながら、雨が降りしきりる中、山道を走った。
ぼんやりと光るトンネルが見えてきた頃だった。
「エルハム様!」
自分の名前を呼ばれて、エルハムは咄嗟に振り返ってしまった。
今はセイの服を着た町娘なのに。
そして、彼は「エルハム様」とは呼ばないとわかっているのに。
すがるような思いで、その声がする方を見つめた。
騎士団の青い正装に、腰には細長い剣。
エルハムは、一瞬ハッとして、胸がドキンッと鳴った。
けれど、そこにいたのは金髪の男で、ミツキではなかった。整った顔が、雨に濡れていたけれど、エルハムを見つけた瞬間、安心したようで綻んだ。
「セリム………。」
「エルハム様………心配致しました。どこに行ったのかと探し回っていたのです。けれど、こちら側に居てくださってよかったです。」
「………心配かけてしまってごめんなさい。私は大丈夫です。」
「大分濡れてしまっていますね。………体もこんなに冷えてしまっていて……。早く城へ戻りましょう。」
セリムはエルハムの右手を取って優しく握りしめてくれる。セリムも雨に濡れて冷えきっていた。
隠れるようにして城を出て、セリムに心配を掛けてしまったのは申し訳ないと思っていた。
けれど、今、城に帰るわけにはいかなかった。
ミツキがいなくなってしまったのだ。探さなければいけない。
「セリム……、私はまだ帰れないの。一緒に居たミツキがいなくなってしまったの!セリムも一緒に探してくれない?」
「エルハム様………最後まで彼を信じようとされているのですね。」
「………え………。セリム、それはどういう事なの?」
セリムはエルハムを哀れんだ目で見つめながらそう言ったのだ。
けれど、エルハムには彼が言った事の意味がわからなかった。けれど、直感的に理解した事もあった。
これは悪い話だという事だ。
「落ち着いて聞いてください。」
「……………。」
「ミツキが密偵の疑いがありシトロン国に捕らえられました。」
その言葉は雨音に消されるほどの音量だったが、エルハムには不思議とはっきりと聞こえたのだった。