「ミツキ………明日の明朝にチャロアイト国に行こうと思っているの。」


 ミツキが護衛終了の報告に来た時、エルハムはそう伝えた。
 明日の公務の予定もなく、またセイにも私証を借りてこれたため、チャロアイト国に行けると判断したのだ。
 ミツキに言わずに1人で行く事も考えた。けれど、また彼に心配を掛けてしまうのも申し訳なかったのだ。

 それに、ぎくしゃくしたとしても、彼が違う世界へ帰ってしまうのであれば、それまでは近くにいたいと思ってしまったのだった。


 「おまえ、大丈夫なのか?」
 「うん。私の準備は特に問題ないよ。」
 「………そうじゃなくて………。」
 

 ミツキは、小さな声で何かを呟いていたけれど、それをエルハムに教えることはなかった。


 「どうしたの?」
 「………何でもない。俺も明日の朝は時間あるからトンネル付近まで護衛する。城下町を出た森で待ってる。」
 「わかったわ。」


 ミツキと少し打ち合わせをした後、明日は早くなるので2人に休む事になった。





 この日も夜中になっても眠れる事はなかったエルハムは、ベットから起き上がりミツキといつも座っている椅子に座り、棚から出してきた箱をテーブルに置いた。
 そこから取り出したのは、沢山の紙だった。

 ミツキに教えてもらいながら練習した日本語がびっしりと書かれている紙だ。
 もう十数年も教えてもらっているのだ。紙の束も結構な量になっている。

 エルハムは、懐かしさを覚えながらその紙を1枚1枚取りだし眺めた。


 「初めは、平仮名さえうまく覚えられなかったなぁー。あ、これはミツキの名前を漢字にしたものだわ。画数が多くて覚えられなかったわ。」
 
 エルハムは、ミツキが見本にと書いた「光樹」という文字を指で触れた。
 整った凛とした字体だった。漢字はどんな書き方が美しいのかはわからない。けれど、エルハムはミツキが書く漢字がとても好きだった。


 そんな事を思いながら、次々と紙を眺めていく。
 すると、エルハムがドキッとしてしまう文字が目に入ったのだ。


 「これって…………ずっと前に教えて貰った物だわ。」
 

 エルハムはゆっくりとその紙を持ち上げて、懐かしい想いでそれを見つめた。ミツキに教えて貰った当時の事を、エルハムは今でも鮮明に思い出せた。

 と言っても、昔すぎる事もない。
 エルハムはその時の緊張を今でも覚えていた。