エルハムは自分の服をギュッと掴んだ。
 怖い過去を思い出すのは嫌だ。逃げ出したくなる。けれど、ミツキの話を聞きたかった。彼がずっと話さずにいた事を、エルハムに話そうとしてくれた。それには意味があるのだとエルハムは思った。
 それに、自分から過去の事を話そうとしなかったミツキが教えてくれたのだ。エルハムは嬉しい気持ちもあった。


 「子どもだった俺は、母さんについていくのに必死で。その後、足がもつれて転んでしまうんだ。そこに男が来て刺されそうになったのを母さんが庇ってくれた。そして、逃げろと言われたんだ。けど、目の前にいる男が怖くて動くことが出来なかった………。そのまま、その男に斬られて倒れた。その後も刺されて苦痛で意識を失って。そして次に目覚めた時には、この国の森で倒れていたんだ。」


 エルハムは自分で彼に話しを頼んでおきながら、途中から言葉を聞くのが怖くなってしまった。狂気に満ちた相手から襲われる絶望と怖さ。想像するだけでも、震えてしまいそうだった。それを幼い頃のミツキは体験し、傷まで負っているのだ。
 エルハムは、それを考えるだけで涙が溢れてきてしまいそうになった。


 「その夢を最近よく見るんだ。特に眠りが浅い時に。だから、この時間に寝たら………って、何でお前が泣いてるんだ?」
 「だって………そんな事があったなんて悲しすぎる………。」
  

 エルハムは我慢していた涙が溢れ出てしまった。自分の過去を思い出したからではなかった。ミツキがとても辛く苦しそうに話す姿と、出会ったばかりの幼かったミツキに、想像もしなかった事が起こっていたのが、悲しくなってしまったからだった。

 エルハムは、「ごめんなさい……。」と呟きながら、目の下や頬などに流れ落ちる涙を手拭いていると、ミツキはそれを見て困ったように微笑んだ。


 「おまえは本当に泣き虫だな。」

 
 そう言いながら、頬の涙を拭き取るようにミツキは優しく指で触れた。その手がとても温かくて、ミツキは泣き顔のままミツキを見つめ返した。