第27話「置き手紙」




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 走っていた。
 走らなければ、後ろから追いかけてくる奴に追い付かれてしまう。


 光樹は短い腕を必死に伸ばし、手を繋ぎながら走る母親に頑張ってついていった。けれど、走り続けた足はもつれて転んでしまう。
 反対の手で持っていた木刀は、手から離れてカランカランッと地面に落ちた。

 母親の悲鳴と、誰かの罵声が聞こえた。
 光樹は、目を瞑ってその場に小さくなった。その瞬間、何か温かい物に包まれた。
 それは、一番安心出来るものだった。普段は甘えたくても恥ずかしくて甘えられなくなった、母親のゆくもり。


 それを感じて、光樹はホッとした。
 けれど、それも一瞬の事だった。

 すぐにその感覚はなくなり、光樹は恐る恐る目を開ける。
 
 すると、自分の横には苦しそうに顔を歪める母親がいた。背中からは、大量の血が流れ出ており地面に血だまりを作っていた。

 光樹は、それを見て駆け寄ろうとするけれど、母親は「光樹、早く逃げなさい………。早く……。」と、泣きながら言うのだ。
 光樹は戸惑い近くにあった木刀を持って、立ち上がろうとした。

 その時、自分の目の前に大きな靴を履いた人が立っていた。
 見上げると、ハーッハーッと荒い呼吸を繰り返し、手には血のついた包丁を持ち、そして顔はニヤリと笑っている中年の男が居た。視線は朦朧としており、顔色は悪い。髪もぐじゃぐじゃに乱れており、どこかおかしいと幼い光樹でもわかった。

 けれど、血塗れの包丁を見て、この男が母親を傷つけたとわかり光樹は睨み付けた。
 自分は小学生の中で、1番強い男になったのだ。こんな男はすぐに倒せる。そう思っていた。