振りかえりたかったけれど、エルハムは必死に我慢をして廊下を走った。
 エルハムが目指していたのは先程の厨房だ。まだ、セリムがいるかもしれないと思ったのだ。先ほど、あんな身勝手な事を言ったのに、助けを求めてしまう。
 自分が情けなくなりながらも、厨房へと急いだ。もう少しでドアの前という時に、ゆっくりと扉が開いて中からセリムが出てきた。


 「セ、セリム…………いた………。」
 「エルハム様っ!どうされたのですか?」


 息も絶え絶えのエルハムの姿を見て、セリムは驚きすぐに駆け寄ってくれる。あんな事があったのに、セリムはいつだってエルハムに優しかった。
 けれど、今は侵入者の報告が先だった。


 「コメットの男に襲われて………この、先で………ミツキが……。」
 「襲われた!?エルハム様、お怪我はないのですか?」
 「私は大丈夫………コメットの男も手練れなの………ミツキが………。」


 呼吸を整えながら言うが、言うもより時間がかかってしまう。それがもどかしくてエルハムは悔しかったけれど、セリムは言葉をすぐに理解して、すぐにミツキの元へと向かった。
 

 「エルハム様はそちらに居てください。………いや、ここで襲われてしまう可能性もある…………。私の後ろから離れないでください。」


 セリムはそう言うと、エルハムの手を強く握ってそのまま走り出した。
 その手はいつものように大きくて温かくて、昔と何も変わっていない、ゴツゴツとした男の人の手だった。