「………エルハム様。ミツキを信じすぎてはダメです。彼はチャロアイトの密偵の可能性があるのです。心を許してはいけません。」
ランプの光に照らされたセリムの表情は、とても怒っているように見えた。目からはいつものような優しさは見られずつり上がっており、口元にも笑みはなかった。
「セリム。……ミツキは10年もこのシトロン国で沢山の仕事をしてくれてるわ。みんなからも好かれ、頼りにされている。………ミツキが密偵なんて事はないわ。」
「それが全部偽りかもしれない。」
「偽り………?」
「私証を持たない、異世界から来た人間がたまたまチャロアイト国に通じるトンネルに居た?そして、その人間はたまたま強かった?そんな事はありえますか?………彼は幼い頃から密偵になるべく育てられた人間だとすれば、あの剣術の強さも、真面目過ぎる性格も納得出来る。」
「そんな………ミツキは……。」
「エルハム様。ミツキを信じすぎてはダメです。ミツキはエルハム様を利用しているだけかもしれない………!」
「そんな事ないっ!!」
気づくと、エルハムは大きな声でセリムに反論していた。
セリムに対してこんな大声を出して怒った事などなかった。そのため、セリムも驚いた表情でエルハムを見ていた。
姫らしく落ち着いて話さなければいけない。
セリムの気持ちを受け入れて話を聞かなければ。
そう思っているのに、エルハムは感情を止めることが出来なかった。
「ミツキはそんな人ではないわ!誰も信じなくても、私はミツキを信じる!…………セリム。今日の護衛はもういいわ。」
「エルハム様っ!?」
「セリム、これは私からの命令よ。………一人で部屋に戻ります。」
エルハムはすぐにセリムに背を向けて厨房から逃げるように飛び出した。
エルハムは、セリムと一緒に居たくなかった。
彼がまるで怒られた子どものように泣きそうな顔でエルハムを見ていたからだ。
「セリム………ごめんなさい。でも、私は………。」
エルハムは服の下にあるお守りを握りしめながら、真っ暗な廊下を走った。