「姫様。」
 「ミツキ、お疲れ様。訓練は終わったの?」
 「はい。………本をお持ちします。」
 「ありがとう。」


 エルハムが持っていた分厚い本を数冊受けとると、ミツキは軽々とその本を持った。


 「また、コメットの事を調べていたのですか?」
 「え、えぇ………昔の事を再確認するのも大切だと思って……。」
 「確かにそうですね。」


 エルハムは彼の問い掛けにこう答えながらも、内心では緊張してしまっていた。

 確かに、初めはコメットとシトロン国との関わり調べるために資料室を訪れていた。けれど、どの本や書類を読んでもセリムや父から聞いた事ばかり書いてあり、エルハムは途中から調べるのを止めたのだ。
 そこで、新たに調べ始めたのがミツキが居たという「ニホン」という世界についてだった。
彼の他にもニホンから来てしまった人はいるのか?そして、帰る事が出来たのか?それを調べようかと思ったのだ。
 少しでもニホンの事がわかれば、ミツキは喜んでくれるだろう。そう思って始めた事。


 けれど、もし帰り方がわかってしまったり、いつかは戻ってしまうのだとわかったら………それを考えてしまうと、エルハムは胸が張り裂けそうだった。

 ミツキが目の前からいなくなってしまうかもしれない。
 もうあの笑顔も、声も、ぬくもりも感じられない。
 
 そうなってしまった自分を考えるのでさえ怖くて、調べるのを止めようと何度も思った。
 

 けれど、ミツキが喜んでくれる事は何だろう考えると、それが1番なのだとエルハムは思ったのだ。

 エルハムは胸元のドレスに手を当てる。
 そこには首から下げている、ミツキから貰ったお守りがある。
 紐を長くして、肌身離さず持っているのだ。お守りに手を当てていると、ミツキがまもってくれている、そんな気がするのだ。



 「大丈夫。………ミツキはニホンには帰らないよね。きっと、ここに居てくれるはずよ………。」



 エルハムは自分に言い聞かせるように呟く。
 すると、少し前を歩いていたミツキがくるりとこちらを向いて心配そうに訪ねた。


 「姫様………今何か言いましたか?」
 「ううん。大丈夫よ。」
 「そうですか………。」
 「さぁ、今からお菓子を作ろうと思うの。出来たらミツキも食べてみてね。」
 「………甘さ控えめでお願いします。」


 エルハムは考えたくない事を胸の奥に隠し、目の前にいる彼を見て微笑んだのだった。