突然出てきた泥だらけに濡れたエルハムを見て、チャロアイトの門番と兵士達は驚きながらもすぐに目を吊り上げた。
「なんだ、この偉そうな女は。」
「こいつの仲間じゃないのか?」
「………こんな黒髪の奴見たことないぞ。何処かの国のスパイなんじゃないか?」
「な……スパイなんかじゃないです……!」
「とりあえず、捕まれるぞ。増援を呼べ。」
ジリジリとチャロアイトの兵士に囲まれ。エルハムは自分の身分を明かすしかないと思った。けれど、それよりも先に少年が動いてしまった。一人の兵士に木の剣で飛びかかかったのだ。次々に門番や兵士を倒していく。
それを、エルハムは唖然としながら見ためていた。彼は本当に剣術に優れているようだ。
その時、エルハムは空気を切る音を聞いた。
ついに、チャロアイトの兵士が短剣を抜いたのだ。
そして、気づかぬように戦っている少年の後ろから近づいていたのだ。
少年ならば察知するかもしれない。あれほどの剣術だ。大丈夫のはず。
けれど、気づいていなかったならば、彼はどうなるのか?
そう思い、気づいた時には、少年を強く押して彼を庇うように抱き締めていた。
次に感じたのは、焼けるような痛み。
そして、地面には背中からたくさんの血が流れ落ちていた。
「私は、シトロン国第一王の娘、エルハム・エルクーリです。無事を納め、その者を解放してください。」
エルハムは傷を負っているとは思えないぐらい、堂々の名乗りをあげた。
そして、傷を付けた兵士達は何が起こったのかを理解すると、すぐに武器を捨てた。
それを見て、エルハムはホッとした。これで、少年は大丈夫だろう。それに、遠くからセリムが自分を呼ぶ声が聞こえた。
自分の腕の中で、目の前で血を流しているエルハムを恐怖の顔で見つめている少年を見た。
「無事でよかったわ……。」
そう笑顔で言葉を伝えると、エルハムはそのままその場に倒れてしまったのだった。