和也の部屋はがらーんとしていて家具らしい物は何も無いように思えたのだが、アコーディオンカーテンで仕切った隣の部屋にはベッドだのロッカーだのが押し込んであって少し散らかっていた。10畳はあるはずの奥の部屋だが、キャスターの付いたベッドを手前の部屋に引っ張って来ると、空いているスペースはそこだけであった。その部屋をもっと奥へ行くとキッチンがある。このアパートの建物が妙に長い理由がわかった。
今ベッドは8畳ほどの手前の部屋の真ん中にポツンとある。白いパイプで組まれていて、こんな風に何も無い部屋にベッドだけが置かれていると、まるで病院のようであり、それもまたひどく物欲し気だ。
麻衣子の荷物が小さなポーチだけだということが和也は不満であった。土曜日のデイパックに今夜と明日の用意をして来ると思っていたからだ。
「帰るつもりなんだ」
「そうよ」
「何故?」
「ウィークデイだもの」
あっさりとそう言ってしまう彼女の顔を和也は見た。陽に焼けた肌に不釣合いでない色のファンデーションでうっすらと化粧している。口紅は塗っていないようだがしっとりとしているのは、リップクリームのせいだろう。今から男に抱かれるというのに挑むような目で麻衣子は和也をみつめている。その目には和也を奮い立たせるような熱があった。
麻衣子のポーチを受け取って床の上に置き、和也は麻衣子の服を脱がせにかかった。いとも簡単に全ての衣服は剥ぎ取られ、麻衣子は裸のまま今度は自分で服を脱ぐ和也を見ていた。明かりを消し、和也は麻衣子をベッドに導いた。
今まで体を求め合った男の中で和也が一番良い体をしている。その次が優介だと麻衣子は思いながら、力強い腕の中に沈んで行った。
「佐久間は君と俺が知り合うことを恐れているよ」
麻衣子の体に口づけながら和也が言う。
「そうみたいね」
軽く喘ぎながら麻衣子は応える。
「深入りはしない」
それには麻衣子は返事をしなかった。肯定も否定もしない。別にどうなろうと彼女は構わないのだ。
体の良い男はセックスも上手いと麻衣子は経験から思った。中には自信満々の押しつけがましいセックスをする男もいるらしいが、麻衣子の知る限りでは、皆ほど良く彼女を満足させてくれた。和也はかなり良い部類だ。麻衣子の目に狂いは無かった。
突然襲って来る絶頂感に和也は押し流されそうになりながら耐えていたが、いよいよ止められなくなった時、麻衣子を自分の物にしたいという感情が込み上げた。だが、こうして自分の刻印を打ち付けても麻衣子はきっと籠の鳥ではいられないだろう。
「君って凄く・・・イイよ」
呼吸を整えながら和也は言う。首筋に彼の息を受け、麻衣子は熱い吐息で応えた。
「あのさ」
「何?」
「ちょっとテストして良いかな」
「何を?」
「心理テスト」
「どんな?」
「質問に答えてくれれば良い」
「質問?」
「そう」
「じゃあその質問をどうぞ」
「あのね、壁があるんだ」
「壁?」
「想像してくれたまえ。君の前に立ちはだかる壁がある」
「随分漠然としてるわ」
「壁の高さは何メートル?」
「え? 私が決めるの?」
「そう」
「そうねぇ・・・じゃあ3mってとこかな」
「3mね。君はその壁を越えられるかな」
「越えるって、向こう側に行くってこと?」
「そう。どうやって行く?」
「うーん・・・よじ登る、かな。何? みんなこんな類の質問なの?」
「そうさ。簡単だろ?」
「次は?」
「壁を越えたら道がある」
「うん」
「それはどんな道?」
「うーん・・・Long and winding roadかな」
「ハハハ」
「なあに?」
「それ、俺と同じ答え」
「へぇ。次は?」
「道を歩いて行ったら湖があった。その湖の向こう岸まで行かなければならない」
「泳いで行くわ」
「待て待て。次の3つの中から選ぶんだよ。泳ぐ、ボートで行く、岸を歩く、どれ?」
「やっぱり泳ぐわ」
「ほほう」
「まだあるの?」
「向こう岸に渡ったら・・・」
「随分根性の要る道のりね」
「木がある」
「木・・・」
「そう。どのような状態か。1本か、林か、森か」
「1本よ。大きな欅の木が1本」
「限定するねぇ」
「そう。菩提樹や松ではいけないの。欅よ」
「木の向こうに家がある」
「そろそろ終わりかしら」
「まだまだ。ドアを開けると椅子が置いてある。いくつ?」
「1つよ」
「ほほう」
「次は?」
「家の2階に大きな水瓶が置いてある。水はどれくらい入ってる?」
「溢れんばかりと言いたいところだけど、8分目かな」
「なるほど。これでおしまい」
「それで何が分かるの?」
「それじゃ種明かしをするかな」
「うん、してして」
「壁っていうのは自分が今抱えている問題の難易度なんだ」
「私、3mって答えたわ」
「まぁ難しい方かな。それを乗り越えるってことは、その問題に立ち向かって解決しようとする実力があるってことなんだ。押し倒すとか、ぶっ壊すとか、壁に沿って歩いて切れ目を探すって人も居たよ」
「へぇ」
「道が険しければ険しいほど過去が波乱万丈ってこと」
「当たり」
「湖を泳いで渡るっていうのは人生をいかようにも自分で切り開こうという意気込みがあるってことだし」
「他のは?」
「ボートは他力本願、岸歩きは文字通り一歩ずつさ」
「木は?」
「木はその人の人間関係に対する考え方を表している。1本は1対1の付き合いを大切にするってことだし、林はある程度の仲間を大切にしている。森は女どもがたむろする、あれだな」
「私は決して森では有り得ない」
「だろうね。その1本の大きな欅の木は佐久間のことかな」
「まさか・・・椅子は?」
「椅子はね、子どもの数なんだ」
「また随分飛ぶのね」
「君は子どもは嫌いかい?」
「いいえ、好きよ。今は要らないけど未婚で1人産んじゃうかも」
「君に似合ってる」
「それは喜んで良いのかしら?」
「水瓶の水は希望が満たされているかどうかなんだ」
「現在の満足度?」
「そう」
「私は満足してないのね」
「そういうことかな」
「イカせてよ。そしたら水が溢れるわ」
麻衣子の胸に再び手を伸ばそうとする和也を遮って、誰かがドアをノックした。変則的にトトントトトンと続けざまに叩いている。
「佐久間だ」
ベッドから下りた和也は慌てもせずにバスローブを羽織った。時計を見るともうすぐ11時だ。麻衣子を載せたままベッドを奥の部屋にガラガラと押し込み、アコーディオンカーテンを閉めた。
「やあ、遅くに悪いな」
「どうした」
「ちょっとついでがあってさ」
「そうか」
「入って良いか」
「ダメだ、今はマズい。女がいる」
「何だ。そうか」
麻衣子のプロケッズは和也が後ろ手に持っている。隠しても優介には和也の言う女が麻衣子であると分かっている。麻衣子の部屋に彼女はいなかったし、第一和也のではない香水の匂いがする。夏になると麻衣子が好んでつけるウビガンのムスク。大学時代から変わらず麻衣子は夏になるとこのムスクの匂いをさせていた。
「私のケッズは?」
「大丈夫」
「そう。でも優介はきっと私がここにいることを知ってるわ」
「何故?」
「そういう人なの」
「佐久間は君のステディかい?」
「とんでもない」
「そうか」
いたずらっぽく上目遣いで和也は言う。
「俺と佐久間とどっちが良い?」
「あなたの方が良いわ」
目を逸らさずに麻衣子は答えた。何かと率直な麻衣子に和也は驚かされる。初めて会った日、彼女の手にキスをした自分を棚に上げて和也はそんな麻衣子に強く魅かれるのだ。
「何か飲む?」
キッチンへ行きかける和也に麻衣子は首を振った。
「要らない。帰るわ。もう眠い」
「ここで眠りなよ」
「ごめんなさい。やっぱり自分の部屋じゃないと落ち着かないみたい」
ベッドから起き上がり、服を着るために隣の部屋へ向かった。
「さっきのテストね」
「心理テスト?」
「セックスの後にしちゃいけないわ」
「何故?」
「ムードが壊れるもの」
「この次はセックスの前にしよう」
2人は声を出して笑った。
「今度は優介と3人でどっか行きましょう」
「いやだよ」
「何故?」
「君が半分になるから」
身支度を終えた麻衣子を抱きしめて和也は念入りにキスをした。麻衣子の唇は柔らか過ぎず硬過ぎず、とても良い感触をしている。それにキスも上手い。優介が独り占めにしていた理由がここにもあった。
今ベッドは8畳ほどの手前の部屋の真ん中にポツンとある。白いパイプで組まれていて、こんな風に何も無い部屋にベッドだけが置かれていると、まるで病院のようであり、それもまたひどく物欲し気だ。
麻衣子の荷物が小さなポーチだけだということが和也は不満であった。土曜日のデイパックに今夜と明日の用意をして来ると思っていたからだ。
「帰るつもりなんだ」
「そうよ」
「何故?」
「ウィークデイだもの」
あっさりとそう言ってしまう彼女の顔を和也は見た。陽に焼けた肌に不釣合いでない色のファンデーションでうっすらと化粧している。口紅は塗っていないようだがしっとりとしているのは、リップクリームのせいだろう。今から男に抱かれるというのに挑むような目で麻衣子は和也をみつめている。その目には和也を奮い立たせるような熱があった。
麻衣子のポーチを受け取って床の上に置き、和也は麻衣子の服を脱がせにかかった。いとも簡単に全ての衣服は剥ぎ取られ、麻衣子は裸のまま今度は自分で服を脱ぐ和也を見ていた。明かりを消し、和也は麻衣子をベッドに導いた。
今まで体を求め合った男の中で和也が一番良い体をしている。その次が優介だと麻衣子は思いながら、力強い腕の中に沈んで行った。
「佐久間は君と俺が知り合うことを恐れているよ」
麻衣子の体に口づけながら和也が言う。
「そうみたいね」
軽く喘ぎながら麻衣子は応える。
「深入りはしない」
それには麻衣子は返事をしなかった。肯定も否定もしない。別にどうなろうと彼女は構わないのだ。
体の良い男はセックスも上手いと麻衣子は経験から思った。中には自信満々の押しつけがましいセックスをする男もいるらしいが、麻衣子の知る限りでは、皆ほど良く彼女を満足させてくれた。和也はかなり良い部類だ。麻衣子の目に狂いは無かった。
突然襲って来る絶頂感に和也は押し流されそうになりながら耐えていたが、いよいよ止められなくなった時、麻衣子を自分の物にしたいという感情が込み上げた。だが、こうして自分の刻印を打ち付けても麻衣子はきっと籠の鳥ではいられないだろう。
「君って凄く・・・イイよ」
呼吸を整えながら和也は言う。首筋に彼の息を受け、麻衣子は熱い吐息で応えた。
「あのさ」
「何?」
「ちょっとテストして良いかな」
「何を?」
「心理テスト」
「どんな?」
「質問に答えてくれれば良い」
「質問?」
「そう」
「じゃあその質問をどうぞ」
「あのね、壁があるんだ」
「壁?」
「想像してくれたまえ。君の前に立ちはだかる壁がある」
「随分漠然としてるわ」
「壁の高さは何メートル?」
「え? 私が決めるの?」
「そう」
「そうねぇ・・・じゃあ3mってとこかな」
「3mね。君はその壁を越えられるかな」
「越えるって、向こう側に行くってこと?」
「そう。どうやって行く?」
「うーん・・・よじ登る、かな。何? みんなこんな類の質問なの?」
「そうさ。簡単だろ?」
「次は?」
「壁を越えたら道がある」
「うん」
「それはどんな道?」
「うーん・・・Long and winding roadかな」
「ハハハ」
「なあに?」
「それ、俺と同じ答え」
「へぇ。次は?」
「道を歩いて行ったら湖があった。その湖の向こう岸まで行かなければならない」
「泳いで行くわ」
「待て待て。次の3つの中から選ぶんだよ。泳ぐ、ボートで行く、岸を歩く、どれ?」
「やっぱり泳ぐわ」
「ほほう」
「まだあるの?」
「向こう岸に渡ったら・・・」
「随分根性の要る道のりね」
「木がある」
「木・・・」
「そう。どのような状態か。1本か、林か、森か」
「1本よ。大きな欅の木が1本」
「限定するねぇ」
「そう。菩提樹や松ではいけないの。欅よ」
「木の向こうに家がある」
「そろそろ終わりかしら」
「まだまだ。ドアを開けると椅子が置いてある。いくつ?」
「1つよ」
「ほほう」
「次は?」
「家の2階に大きな水瓶が置いてある。水はどれくらい入ってる?」
「溢れんばかりと言いたいところだけど、8分目かな」
「なるほど。これでおしまい」
「それで何が分かるの?」
「それじゃ種明かしをするかな」
「うん、してして」
「壁っていうのは自分が今抱えている問題の難易度なんだ」
「私、3mって答えたわ」
「まぁ難しい方かな。それを乗り越えるってことは、その問題に立ち向かって解決しようとする実力があるってことなんだ。押し倒すとか、ぶっ壊すとか、壁に沿って歩いて切れ目を探すって人も居たよ」
「へぇ」
「道が険しければ険しいほど過去が波乱万丈ってこと」
「当たり」
「湖を泳いで渡るっていうのは人生をいかようにも自分で切り開こうという意気込みがあるってことだし」
「他のは?」
「ボートは他力本願、岸歩きは文字通り一歩ずつさ」
「木は?」
「木はその人の人間関係に対する考え方を表している。1本は1対1の付き合いを大切にするってことだし、林はある程度の仲間を大切にしている。森は女どもがたむろする、あれだな」
「私は決して森では有り得ない」
「だろうね。その1本の大きな欅の木は佐久間のことかな」
「まさか・・・椅子は?」
「椅子はね、子どもの数なんだ」
「また随分飛ぶのね」
「君は子どもは嫌いかい?」
「いいえ、好きよ。今は要らないけど未婚で1人産んじゃうかも」
「君に似合ってる」
「それは喜んで良いのかしら?」
「水瓶の水は希望が満たされているかどうかなんだ」
「現在の満足度?」
「そう」
「私は満足してないのね」
「そういうことかな」
「イカせてよ。そしたら水が溢れるわ」
麻衣子の胸に再び手を伸ばそうとする和也を遮って、誰かがドアをノックした。変則的にトトントトトンと続けざまに叩いている。
「佐久間だ」
ベッドから下りた和也は慌てもせずにバスローブを羽織った。時計を見るともうすぐ11時だ。麻衣子を載せたままベッドを奥の部屋にガラガラと押し込み、アコーディオンカーテンを閉めた。
「やあ、遅くに悪いな」
「どうした」
「ちょっとついでがあってさ」
「そうか」
「入って良いか」
「ダメだ、今はマズい。女がいる」
「何だ。そうか」
麻衣子のプロケッズは和也が後ろ手に持っている。隠しても優介には和也の言う女が麻衣子であると分かっている。麻衣子の部屋に彼女はいなかったし、第一和也のではない香水の匂いがする。夏になると麻衣子が好んでつけるウビガンのムスク。大学時代から変わらず麻衣子は夏になるとこのムスクの匂いをさせていた。
「私のケッズは?」
「大丈夫」
「そう。でも優介はきっと私がここにいることを知ってるわ」
「何故?」
「そういう人なの」
「佐久間は君のステディかい?」
「とんでもない」
「そうか」
いたずらっぽく上目遣いで和也は言う。
「俺と佐久間とどっちが良い?」
「あなたの方が良いわ」
目を逸らさずに麻衣子は答えた。何かと率直な麻衣子に和也は驚かされる。初めて会った日、彼女の手にキスをした自分を棚に上げて和也はそんな麻衣子に強く魅かれるのだ。
「何か飲む?」
キッチンへ行きかける和也に麻衣子は首を振った。
「要らない。帰るわ。もう眠い」
「ここで眠りなよ」
「ごめんなさい。やっぱり自分の部屋じゃないと落ち着かないみたい」
ベッドから起き上がり、服を着るために隣の部屋へ向かった。
「さっきのテストね」
「心理テスト?」
「セックスの後にしちゃいけないわ」
「何故?」
「ムードが壊れるもの」
「この次はセックスの前にしよう」
2人は声を出して笑った。
「今度は優介と3人でどっか行きましょう」
「いやだよ」
「何故?」
「君が半分になるから」
身支度を終えた麻衣子を抱きしめて和也は念入りにキスをした。麻衣子の唇は柔らか過ぎず硬過ぎず、とても良い感触をしている。それにキスも上手い。優介が独り占めにしていた理由がここにもあった。



