大知は今、自分よりも背が高い目の前の男を睨んだ。ここは、大知が働くレストランの前にある小さな庭。
朝の爽やかな風が通り抜ける。
いつもと何ら変わりのない朝の風景。
大知は、レストランの前にある庭の手入れをするのが日課となっていた。
いつものように庭に咲いているチューリップたちに水をかけた大知は、目を細めた。
「気持ちいいだろ?暑さに負けず、すくすく育てよ?」
大知はチューリップたちに話しかけながら、薔薇の木にも近づき、赤い蕾の薔薇に優しく水をかけた。
その時、ひとつの大きな影が花を愛でる大知に近づいた。
「へえ。大知さんって園芸に興味があるんですか」
大知が驚いてがばっと後ろを振り向くと、そこには細身で長身の男が大知を見下ろしていた。
「あなたは?」
大知は眉を潜めて二歩ほど後ずさり、怪訝そうに男を見上げた。
「おっと、失礼。僕は川橋 勉と申します。お嬢様がいつも、お世話になっているようで」
川橋は大知に勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「お嬢様?」
一体何のことかと大知は考えたが、川橋の言っていることが全くわからなかった。
「ああ、その様子だとご存知ないのですね?」
「どういうことか、教えていただけますか?」
「麗奈お嬢様といえば、お分かりいただけるでしょうか」
「麗奈、お嬢様…?もしかして、麗奈ちゃんの…」
麗奈ちゃんのことですか、と大知が言い終わる前に、川橋は大知の言葉を遮るように言った。
「そうです。あなたも何度か会って雑談くらいはしたことがあるでしょう」

(雑談くらいは、って…)

さっきから棘のあるようなことを言うな、と大知は思った。川橋という男の言うことには、いちいち棘がある。

麗奈がどこかのお嬢様かもしれないということは、見なりや立ち居振る舞い、それに漂う上品さからも見受けられた。しかし大知の中では、
『素敵な女性』『片想いの相手』であることに変わりはなく、普通の女性として接してきた。
「お嬢様のことを、気安く麗奈ちゃんと呼ぶのはやめていただきたい」
「と、おっしゃいますと?」
大知は川橋の真意を尋ねた。
「お嬢様は、崎本グループの次女なんです」
「崎本グループ?あの崎本グループか?」
大知は驚いた。
大手アパレル会社の崎本グループ。
sakimotoブランドは、誰もが知るブランドだ。デザインも洒落たものばかりで、実用性も抜群。若者に大人気で売上も急上昇しているということは、流行に疎い大知でも知っていた。
「ええ。お嬢様は実のお姉様に会えたことをとても喜んでおられました」
川橋は笑みを零した。
大知は、この男は一体何者なのかという疑問と行く宛のない腹立たしさだけが、大きく膨らんでいった。