「若…どういう状況でこんなんになったんすか」
健が言った。
「そうっすよ。よっぽどのことじゃないっすか」
大知は心配そうに拓真を見た。
「悪い…」
拓真は壊れたテーブルを見ながら言った。
「いや、麗蘭は…未練があるんじゃないかなと」
「姐御(あねご)がですか?」
「ああ、そうだ。健」
「だって、若が初恋の人だって言ってたじゃないっすか。約束も果たせて、万々歳じゃないんすか?」
「大知…そう、上手くは行かないんだよ」
拓真は溜息をついた。
「姐御?」
黙っていた和哉が聞き返した。
「麗蘭のことだ」
拓真が言った。
「姐御は、若にメロメロですって!そんな心配いりませんよ」
「そうそう、大知の言う通りですよ」
「いや、そうとも限らない。麗蘭は、まだ…この客人のことを好きなんじゃないかっていう不安はつきまとう」
「若は疑い深いっすねえ」
健が苦笑した。
「まあ、若は今までいろいろありましたからね。裏切られることが多かったから、仕方ないっちゃ仕方ないっすけど」
大知は考え込んだ。
「麗蘭は…未だに佐久間さんのことを楽しそうに話すし、佐久間さんの絵がすごく好きだっていうから…僕は勝てないんだなって」
「負けを認めるのか?ヤクザの若頭が」
挑発的な言い方をした和哉に、健が食ってかかった。
「黙って聞いてれば若によくもそんなことを…!」
「健、やめろ」
拓真の低い声が響く。
「でも…」
「やめろと言っている」
「…わかりました。若がそう言うなら」
健は渋々引き下がった。
「佐久間さん、部下の失礼をお詫び致します。申し訳ございません」
「…まあ、いいけど。お詫びの代わりに、一つお願い聞いてくれる?」
「と、いいますと?」
「麗蘭と、美術館へ行きたいんだけど」
「美術館に…麗蘭と…」
「ええ、条件があります。麗蘭と二人っきりで」

(麗蘭と二人きりということは、
デートってことだよな?
一体こいつは、何を考えている?
諦めたふりをして、麗蘭を奪い返そうとしているじゃないのか?)

「嫌だと言ったら、どうします?」
「へえ、いいんだ?」
和哉はスケッチブックを開いて、絵を見せた。先程の、麗蘭の絵を。
「この絵…欲しくない?それに…このレストランに掛ける絵、僕に書いて欲しいって言ったのはどこの誰だった?」
「…僕だ」
「それじゃあ、いいよね?」
「…わかった」
拓真は承諾した。承諾などしたくはなかったものの、こうも強気に出られるとなかなか断ることが出来ない。
拓真は眉間に皺を寄せた。

「てことで、約束。隠れて着いてきたりとか、しないでくれよ」
「…わかった。僕はその日、一日中ここでメニューでも考えてるよ」
拓真がそう言うと、和哉は嬉しそうに言った。
「はい、これ」
和哉が拓真に一枚の絵を突き出した。
「あげるよ、僕の自信作」
和哉はそう言って店をあとにした。
拓真の手に持たされた絵は、カフェ・テリーヌのカウンター立つ笑顔の麗蘭だった。