麗蘭は、手の震えが止まらなかった。
「大丈夫?びっくりしたでしょ」
美優は麗蘭の背中を擦った。
「い、いまの人は」
「佐久間 和哉さん。なんの仕事をしているかは詳しく話してくれないんだけど、デザイン系の仕事をしてるみたい。アート系みたいな?」
美優が言った。
「そうなんですか…」
デザイン系の仕事をしているというなら、なんとなくあの派手な格好をしているのもわかる気がする。
でも、やっぱり怖かった。
雰囲気はクールだけれど、悪い人ではなさそうな感じがする。でも、話してみないとどんな人なのかはわからないし、なんだか怖い。麗蘭はそう思った。

「麗蘭ちゃん、大丈夫。嫌ならはっきり断ればいいんだし」
桃が言った。
「うんうん。無理することはないんだぞ」
春彦は頷きながら言った。
麗蘭は黙って頷いた。

麗蘭は部屋に戻って先程の出来事を思い出した。なんだか、どっと疲れが出たような気持ちになる。
あの佐久間という青年は、格好が派手だったから強引な人なのかと思ったけれど優しい人なのかもしれないと思った。でも話してみないと人柄はわからないし、猫を被っているということも有り得る。男の本性なんてものは恐ろしい以外の何物でもない。
麗蘭は再び、ぶるると身体を震わせベッドに潜り込んだ。


それから1週間程だった頃、再び佐久間がカフェ・テリーヌにやってきた。
「あら、いらっしゃい!」
「桃さん、来ました」
佐久間はにこっと笑ってカウンター席の椅子へ座った。
「佐久間さんはいつも、営業時間終了間際に来るのねえ」
「あ、いや…はい」
佐久間はきょろきょろとしていた。
「麗蘭ちゃん目当てでしょ?」
「え、ええ、まあ…」
佐久間は、へへ、と笑った。
「ばれちゃいましたか」
「いやいや。最初からバレバレだって」
春彦が吹き出した。
「あの、麗蘭ちゃんは?」
「あー、佐久間さんに会ってからというもの、更に引きこもっちゃってな」
「……僕が悪いんですよね。麗蘭ちゃんを怖がらせてしまったから」
佐久間は耳たぶを触った。
「申し訳ないなあ。麗蘭ちゃんを怖がらせるつもりなんて、これっぽっちもなかったのに…僕はただ、麗蘭ちゃんと仲良くなりたくって…」
うーん、と佐久間は頬杖をついた。

その時、麗蘭は部屋から出て階段から桃と佐久間たちが談笑するのを黙って見ていた。

(佐久間さんは…悪いと思ってる?
わたしと、仲良くなりたい…?)

麗蘭は階段の手すりに掴まって佐久間を見ていた。
佐久間が悩ましげな顔をしていたのが、麗蘭には見えた。