麗奈は屋敷の庭で、風にそよぐ花を見ていた。花に手を伸ばそうとすると、背後から影が忍び寄った。
「お嬢様、触れてはいけません」
麗奈の背後から声が聞こえたと同時に、すっと勉の両手が花に触れようとした麗奈の両手を掴んで離さない。
「なぜ薔薇に触れようとするのです?」
「だって…綺麗だから」
「確かに薔薇は美しい。ですが、薔薇には棘があるのですよ?お嬢様の細く綺麗な指が傷付きでもしたら大変です。無闇に触るのは控えてください」
「だって…」
「駄目です」
勉の言葉に、麗奈はしょんぼりと俯いてしまった。
「もう少しで、ここともおさらばなのですよ?長年私を見守ってくれたお花達を忘れぬよう、少しでも…」
「お嬢様、その点はご安心を。僕の実家にも庭はあります。この庭ほど広くはありませんが」
「ご実家に?」
「ええ。きっと気に入ってくださると思います」
「そんなに素敵なお庭なんですか?見てみたい…」
「もう少しの辛抱です。もう少しで、貴女をいばらの園から連れ出すことができる。そうなれば、お嬢様は僕のものとなり、崎本家の人間ではなくなる。もう少しで、僕と貴女は夫婦になるのです。夫婦に…なるのです」
勉の両手はいつの間にか麗奈の両肩へ移動し、勉は麗奈が動かぬように両肩に腕をしっかりと巻き付けた。
「まだ実感が湧きません、私」
「そのうち、慣れますよ。貴女が僕の妻となってくださること、嬉しく思います」
「それは私の台詞です。勉さんが私の旦那様だなんて…」
「素敵な家庭を、築きましょう」
「はい…」
勉と麗奈は真っ青な空を仰いだ。