屋敷へ戻ると、亜里紗が冷ややかな目で入口に立っている麗奈を螺旋階段から見下ろしていた。亜里紗は両手を腰に当て、黙って麗奈を睨みつけていた。
「あっ、お姉様…」
麗奈は、螺旋階段の踊り場に立ち明らかに自分を敵視している姉、亜里紗に気づき、怯えた。
「どうだった?勉さまのご様子は」
すぐに、にやりと口角を上げながらゆっくりと降りてくる亜里紗を見て、麗奈の顔には冷や汗が流れ落ちた。
「順調…です」
「あら、そう。今のところはトラブルないみたいね?この調子で、頑張ってね」
亜里紗は麗奈の目の前に立ち、ぐっと顔を近づけた。人を見下すような、決して快いものではない感情を、亜里紗は麗奈にぶつけた。

『わかってるわよね?』


そんな言葉が聞こえてくるようだ、と麗奈は思った。亜里紗は、ぐっと麗奈の右腕に自分の手を食い込ませた。
「私の言うことを聞いてくれる麗奈は、本当に良い子ね。この調子で私のため、この崎本家のために休まず働いて頂戴。麗奈の意思なんか関係ないの。この家のために働く、それが麗奈の仕事。麗奈は何も考えずに、私達の言うことを聞いてくれればいい。いいわね?」
威圧的な亜里紗の態度に、逆らう権利は麗奈にはなかった。崎本家ではお荷物扱いされている自分にとって、この家で生きるということは、誰にも逆らわず従うことなのだ。幼少期からそう学んでいた麗奈は、自分の意見を持っていても言うことすら許されず、崎本家の意思にそぐわない行動をすれば、子供といえども大変な目にあった。そのため、麗奈は思ったことも呑み込んでしまい、いつしか自分の考えを持たない人間になってしまった。
「…はい、お姉様」
麗奈がそう言うと、亜里紗は満足そうに微笑み、ようやく麗奈を解放した。亜里紗はくるりと背を向け、階段を登っていった。麗奈は螺旋階段の手すりに右手をのせ、手すりをただじっと見つめていた。


「…さま、お嬢様!」
勉が麗奈を呼ぶ声で、麗奈ははっとした。
「どうなさいましたか?気分が、優れませんか?」
「いいえ、違うんです…。ぼーっとしていて」
勉は心配そうに麗奈の顔を覗きこんだ。
「いつものお嬢様とは、違う気が致します。何かあれば仰ってください。僕でよければ、貴女のお力になりたいと存じます」
「ありがとうございます。でも、私はいつもと同じで…」
勉は、麗奈にぐっと顔を寄せて額に手を当てた。ゴツゴツとした大きな手が、麗奈の額を覆った。
「…熱はないようですね」
少しずつ離れていく、逞しい手。
その様子をぼーっとしながら見ていると、勉は眉間に皺を寄せた。
「やはり、どこかお体を悪くしているのでは?」
勉は麗奈の髪を優しく二度撫でた後、手を頬へと滑らせた。
「だ、大丈夫ですからっ…」
「そうでしょうか?そうは思えませんが」
勉の手は麗奈の顎へと到達し、くいと顎をもちあげ、息がかかるほど近くまで勉は顔を近づけた。麗奈が目を逸らしたので、勉は麗奈の顎から手を離した。
「どこも、悪くありません」
「本当ですね?」
麗奈は頷いた。
「嘘はないと、誓えますか?」
「あ、ああッ…」
「お嬢様?誓えますか?」
勉は麗奈の体を労わるように優しく、手を麗奈の肩へと滑らせ、肩を何度も愛撫した。麗奈は感じてしまっているらしく、声を上げてしまった。
「だ、だめ…勉さん…」
「誓えないのですか?」
勉は、手を肩から下へ滑らせた。
「や、やっ…勉さん、だめっ、腰…」
「誓えないのなら、続行しますよ」
「あっ…ち、誓いますっ…」
「やましいことは、何も無いと?」
「ありません……」
勉は、麗奈の潤んだ瞳を見て腰より下にも触れたいと思ったが、麗奈が首を縦に振るので断念した。
「わかりました」
勉は、麗奈が付けている金のネックレスをちらりと見て、満足げに微笑んだ。