冬の朝は、震えるほど寒いが、冷たい風が顔に当たると嫌でも目を覚ます。
朝が苦手だった咲も、パリに来てからは早起きをするようになっていた。朝4時から開店する人気のパン屋さんで、絶品クロワッサンを買い、自分のデスクでコーヒーと共に食べるのが日課になっていた。
その日も、行きつけのパン屋さんに行き、すでに顔なじみになったお店のおじさんに「クリスマスマーケットが今日から開かれるよ」という情報を貰ったあと、仕事帰りに寄ってみようとウキウキしながらオフィスへと向かった。
新人の自分は、誰よりも早くに仕事場についていたい、という咲独自のポリシーと、フランス人社員が時間通りに出勤することはほとんどないことから、静かで優雅な朝の時間を過ごすのが、咲の隠れた楽しみだった。

しかし、今日は違った。
いつも朝一で電気を付けるのは、咲の役割だったのに、すでにオフィスから蛍光灯の光が漏れている。
「あれ…誰かいるのかな」
ゆっくりとDivine-paris-と書かれたドアを開ける。
「Bonjour?」
とりあえず挨拶をしながら、ゆっくりと中へと入って行く。社員のデスクのところに人はいない。しかし、キャリー部長の椅子には誰かが座っていた。
「Qui…」
誰ですか、と言いかけて口を閉じた。
見覚えのあるチャコールグレーのスーツにボルドーのネクタイ。そして夢にまで見た人が優雅に座っていた。
咲は思わず息を飲んだ。