無事、校了作業も終わり怒涛の一週間が幕を閉じた。
頑張ったみんなで飲みに行こうという案も出たが、とにかく睡眠が取りたい社員は、各々に自分の休日を満喫した。あまり仕事自体に関われなかった咲も、どっと疲れが押し寄せ、土日は何もせずただ寝て終わってしまった。

そして月曜がやって来た。
校了が終わった次の週は、朝のミーティングから始まるらしい。
時計が朝の9時を指した時、社員全員は、歴代の雑誌が並べてある壁の前に集合した。咲もみんなに倣う。始業開始の音楽が流れてから、数分遅れて桐生が入ってきた。後ろからは、段ボールを乗せたカートを引いている向田さんがいる。
そして一瞬、社員たちがざわついた。桐生の見た目が、今までとがらりと変わっていたからだ。チャコールグレーの上下に、ボルドーのネクタイ。髪型は相変わらず、短髪をオールバックにしているが、前に比べると一段と雰囲気が柔らかくなった。
「いいじゃん」
隣にいたあやめが小さく呟いた。
その時、妙な違和感を覚えた。とても嬉しいはずなのに、胸の奥の方で何かがチリチリしている。初めて味わう感情に、咲は少しばかし混乱する。
桐生がみんなの前に立ち、話し始めた。
「お前たちのおかげで、無事校了できた。今回、満足したものも、自分の力不足を感じるものもいるだろうが、その気持ちを次に繋げて欲しい」
みんな静かに聞いている。というか、驚いて言葉も出ないように見える。
「そして、こっちの意向で改定した部分を直すために、印刷所で粘ってくれた向田副編集長に、大きな拍手をしてあげてくれ」
そう言って桐生は、「ありがとう」と率先して拍手をした。驚いていた社員たちも拍手の音で我に返り、拍手の音はどんどん大きくなっていく。何が起きているのか、全く分からない状態の向田も、その激励が自分に向けられているものだと気づき、涙腺が崩壊しつつあった。
「では、気を取りなおして、業務にあたってくれ。以上」
そう言うと桐生はすたすたと自分のオフィスへと向かっていく。一瞬静まり返ったと思ったら、みんな爆発したように向田さんを取り囲んだ。
「あの編集長が、名指しで、しかもお礼まで!凄いじゃないですか!」
向田はありがとう、ありがとうと涙を流している。やっと認められたのが心に響いたのだ。
「なんか、編集長変わったね」
もらい泣きしている咲に、あやめはそっとハンカチを渡す。
「うん…」
あやめが「オッサン」ではなく「編集長」と言ったことが心に引っかかった。
向田さんがカートで持ってきた箱の中に、今回出来上がった雑誌が入っており、咲も一つ頂いた。自分は直接関係してはいないが、制作に携わった雑誌第一号だと思うと、なんだか感慨深くて、手放せずにいた。