担任が入ってきて転校生を紹介している間窓の外を眺めていた。ここの学校からは海が見える。まだ、夏休み中の中学生が波打ち際ではしゃいでいる。…あ、転ぶ…そう思った時には既に女の子が転んでいた。近くにいた男の子が手を差し出して–––––––––
「…ちゃん、蓮ちゃん!」
顔をぐりんと回され私の視界にはゆるゆるふわふわな女の子が映っていた。
「あ、姫折どうしたの」
「どうしたのじゃなくて!次移動!」
この子は唯一の友達である柊姫折。ぼーっとしてたらホームルームも終わっていたらしく、教室には私たちしかいなかった。
「ごめんごめんぼーっとしてた」
「もう!」
可愛く怒る彼女を見ながら、化学の持ち物を準備しようとした…あれ?
「ごめん姫折先行ってて」
「うん?わかった」
教科書を忘れてきたっぽい。誰かに借りないと…といっても本当に友達と呼べる人が他にいないので、どうすることもできない。が、そういえば
「時雨ー」
隣の教室のドアの前で小学校からのもうひとりの友人(?)を呼んだ。
「おわっ?!急に呼ぶなよ!」
「や、意味わかんないし」
気兼ねなく話せる唯一の男子。
「なした」
「化学の教科書貸して」
「待ってろ」
そう言って教室の中心に戻るとなんだか男子に囲まれていた。
「ほい」
そう言って渡された化学の教科書は表紙が破けていて、裏側には落書き…
「睨むなって、お前に貸すのわかってたらもっと綺麗に使ってたっつーの」
「ものはちゃんと使わないと…」
「はいはいはい、ほら化学室遠いんだから早く行かないと間に合わねーぞ?」
「ほんとだ、じゃあ後で返しに来るね」
「おう」
走って化学室に向かうと、授業が始まる直前に滑り込んだ。後ろを通って自分の席に向かう途中、筆箱が空いているのに気づかず消しゴムを落としていたらしい。
それに気づいたのはプリントを書いている時で、授業が終わった後探したけれど見つからなかった。
「蓮ちゃん何探してるの?」
昼休みお弁当を持って私の席に来た姫折
「消しゴム落としちゃったみたいで」
「えー?大変探さないと」
「お昼食べてからでいいよ」
化学の教科書を返しに行った時に時雨にも聞いてみたけど見てないと言われたから、やっぱり化学室にあるはずなんだけど…
そのあと時雨の教室から化学室までの道を探したけどやっぱり見つからなかった。
午後の授業は時雨がなぜか消しゴムを3つも持っていたのでそれを借りた。
放課後、もう一度化学室を探そうと教室を出ようとした時呼び止められた。
「来栖さん??」
振り向くと、あの転校生がいた。
「えーっと…」
自己紹介を聞いてなかったから名前が出てこない。
「日高、日高千早」
「あ、ああ日高くん。」
「これ来栖さんのかなって」
彼が手に持っていたのは私の消しゴムだった。
「え?なんでこれを??」
「化学室に落ちてて、俺の椅子の下」
「ありがと!たすかったー」
「うん、じゃあこれで」
そういって立ち去っていった彼はなんだか不思議な香りがした。あんまり嗅いだことのないような匂い。姫折と時雨に消しゴムが見つかった旨を伝えるメッセージを入れておいた。階段を降りていくとちょうど時雨に会った。
「おう、見つかってよかったな」
「うん」
「俺今日部活ないから一緒に帰ろ」
「いいけど彼女は?」
「別れた」
「はや」
時雨はいつでも彼女がいる。きっと人のいいところをたくさん見つけられるんだなと思うけど、なにかあると私に構ってくるのは本当にやめてほしい。わかりやすく目立つ時雨の横にいると私だって目立ってしまう。
「あ、時雨くんバイバーイ」
「だめだよ来栖チャンに手出したら」
ほらね。
「ださねーよばかっ!」
女の子相手にばかはどうかと思うけど、女の子たちも楽しそうだしありなのかなと思う。コミュニケーション能力を少しは分けて欲しい。
「お前さ、いい加減整形すれば?」
なんの脈略もなくそう言い放たれ流石にムッとした。
「そんなにブスだって言いたいの。まぁブスかもしれないけどさ」
「そういうわけじゃなくてさーあーほんと無自覚怖いわ」
「意味わからない」
「いーよわかんなくて」
たまにほんとに意味がわからないことを言われる。
いきなり整形とか失礼にもほどがある。
「あ…」
「んどした?」
玄関を出て目の前に広がる道のなかにさっき見た後ろ姿を見つけた。
「ん?あー、転校生」
納得したように言った時雨。もう知ってるんだ…。
「なんかすごい綺麗な顔立ちだったよなー。」
「そうなの?」
「そうなの?ってお前見てないの?」
「ちゃんとは見てないけど」
「なんかふわふわしてるのにキリッとしてるみたいな」
「なにそれ擬音多すぎて理解できない」
「うーん。ベビーフェイスなのに黒髪はアンバランスだよな」
「ふーん?わかんないや」
自転車で20分のところにある家まで時雨はちゃんと送ってくれた。
「じゃあ明日な」
「うん、ばいばい」
家に入ると誰もいない。2人とも海外出張か。電気をつけてソファに寝転ぶ。そのまま深い眠りについてしまった。