午前中の講義が終わり
昼食後の1時間の休み時間。

同じグループの岡田くんと田島くんは
私たちの少し前を男女数人で歩いていた。

私は講義後から体調が悪く
昼食もあまり食べられずにいた。

小学校2年生の時に遭った交通事故のせいで
今でもたまにこういうことがある。

いつも周りに気づかれないように
必死に隠してきたから
誰かに気づかれて心配されたことはない。

「白石さーん、高田さーん!
みんなで散策行こうよ!」

岡田くんが笑顔で手招きしている。

「私はいいから。美咲行って来なよ!」

具合が悪いことがバレないように
いつものように必死で笑顔を作り、
美咲を送り出す。

「本当に?一緒に行こうよ!」

美咲は私も連れて行こうとするが

「早く早く!」と急かす岡田くんに呼ばれて
後ろ髪を引かれるように
前のグループに合流する。


グループを離れ、頭の古傷を押さえて
来た道を戻りながら
しばらく歩いていると

突然、誰かの手が優しく私の肩に触れた。


「具合悪いんでしょ?
あそこの木陰のベンチで休もう。」

田島くんが心配そうに私を覗き込みながら言った。

突然の出来事に驚いていると
田島くんが私の手を取り
ベンチの方に歩き出す。

慌てて周りを見渡すと誰もいない。
幸い誰にも見られていないようだ。

2人きりで手を繋いで歩いているところを見られたら
女子たちに何を言われるかわからない。

ベンチに座ると木漏れ日が優しく包み込んで
爽やかな風が吹き渡る。

ゆっくり目を閉じて
そよ風を感じていると

ふと、田島くんの手が私の頭に触れる。
それは事故の時に負った傷のところで…。

そのままその手はその傷に沿って
優しく私の頭を撫でる。

「!?…どうして?」

はっと田島くんを見つめると

「…痛そうだったから。」

戸惑ったように答えた。


『そうだよね。

田島くんは同じ小学校だったから
私が事故に遭ったことは知っている。

だけど私がその事故で
頭に大きな傷を負ってしまったことなんて
知るわけがない。』

「小学校2年生のとき、
私が事故に遭ったこと
覚えているかな?

…その時のなんだよね。」

「うん。覚えているよ。
みんながとても心配してた。

…痛かった?」


そう聞きながら
田島くんは私の頭を優しく撫でる。


「ううん、私その頃のことあまり…」

「ここすごい良いじゃん!!」

女の子の声が響き渡る。

他のグループの子たちがこの場所を見つけたらしい。

『やばい!!こんなところを見られたら…』

青ざめた私を見た田島くんは

「こっち!」

そう言って
私の手を引っ張り
大きな木の陰に隠れる。

2人で身を潜めていると

「夏美ー!行くよー!!」

結局、そのグループはベンチまで来ず
去っていった。

『よかった…。』

安心して気がついた。
この状況…。

木の陰で田島くんに抱きしめられた状態に
なっていた。

見上げるとすぐそばに田島くんの顔がある…。

「あっ、ごめん!」

慌てて田島くんから離れようとすると

強く抱きしめられた。

「もう少しだけ…。
あともう少しだけ、こうさせてて。」

そう言って私を包み込む。

混乱した頭で必死に理由を考える。

『きっとそうだ!
田島くんは頭が良いし勉強すごい頑張ってるから
勉強とかのストレスで誰かに甘えたいんだよね。

…誰も見ていないし

少しくらいならいいよね?』

目を閉じて初恋のまーくんに田島くんを重ねる。

たしか、まーくんと私は同い年だった。
今はどんな高校生になっているのだろう?
田島くんくらい身長が伸びているのかな?

想いを馳せながら
ゆっくり田島くんの背中に手を伸ばした。

それはとても幸せな時間で…。
まるでずっと想い続けてきた
まーくんが目の前にいるようだった。

「ありがとう。」

そう笑う田島くんの目には
薄っすら涙が浮かんでいた。

はっと我に返って田島くんを見つめた。

何故だか胸が苦しくなる。

いつもカッコよくて優しい田島くんが…
いつも遠くから眺めていた田島くんが
目の前にいる。

…こんなにも近くにいる。

さっきとは違う胸のときめきが生まれた。

この胸の高鳴りが

このときめきが

初恋のまーくんに対してではなく

優しく笑う田島くんへの想いだと

私はまだ気づかないでいた。