金木犀の香りが好きだと君が言うから部屋に飾ったけれど匂いがやっぱりキツすぎるんじゃないかな。

目まで痛くなる。






「…ルシウス君、もう……。」

「…いいよ聖女殿。
ありがとう。」

キャロルの手を握り締めていた彩花嬢にルシウスは微笑みかけた。

目に一杯の涙を浮かべている彩花嬢が嗚咽を漏らした。

「…病気じゃないんだ。
聖女殿が治せなくても仕方ないよ。」

寿命なんだから仕方ないと自分にも言いきかせるように伝えた。

自分は今ちゃんと笑えているだろうか。

ずっと浮かべてきた笑顔が作れているのか自信がない。

ベッドの上で目を閉じるキャロルは腹立たしい程に安らかな表情をしていた。

ルシウスはキャロルの頬の皺に手を伸ばす。

何十年一緒にいただろう。

伸ばした自分の手にも皺が刻まれている。

この皺が刻まれる位ずっと一緒だったのだ。

青春から長過ぎる時間をずっと共に刻んできたのだ。

「…キャロルがいないってどんな感じなのかさえ私にはもう分からないよ。」

一緒にいすぎたのだろう。

空気の様な物だったのだ。

いるのが当たり前でいない事など想像すら出来ない位に。

彩花嬢は堪え切れなくなったのか頬を伝う涙を必死で拭っている。

ハリーが悲痛な表情でハンカチを渡すのをぼんやりと眺めた。

ベッドの反対側ではレオンが涙が流れている事にも気付いていないかの様に拭う事すらしていない。

結局死ぬまでキャロルが一番慕っていたのはレオンだったなあとぼんやりとした頭のままで思う。

その座は最期までルシウスに譲られる事はなかった。

最期まで友情を示せど愛情は示して貰えなかった。

キャロルらしいと言えばキャロルらしいが寂しさだけは拭えない。

キャロルのお陰で自分を慕ってくれる人達には出会えたけれど、一番欲しかったキャロルだけは手に入らなかった。

ルシウスは自嘲気味に笑う。

本当に手強い相手だった。

惚れたら負けと言うがずっと自分は負けっぱなしだったのだ。

死ぬまで勝てなかった。

それが悲しくて、虚しくて、けれどキャロルらしくて許してしまう。

ルシウスはキャロルの白くなった頭を撫でる。

ずっとずっと撫でてきた。

黒かった髪に白が混じりやがて真っ白になった今までずっと撫でてきた。

過去を思い返し笑みが浮かぶ。

最初は撫でる事さえ許してくれなかった。

好きになっては貰えなかったが友情を勝ち得ただけ良しとしようではないか。