「オーファンさんもクリノス学園の出だったのですね——って…す、すいません」

 途端、謝るエマに首を傾げるのは当のオーファンだ。
 今になって、絶対と名高い戦鬼を名前で呼んでよかったのだろうか、と。
 
 そんなエマの心配や他所に、オーファンはこれ以上あろうものかと言わんばかりに柔らかな笑みを作って見せる。
 
「気にしなくて良いさ。寧ろ、俺としてはちょっと嬉しいことだからな」

「嬉しい…?」

「あ。自分で言うのもアレなんだけど、国のどいつよりも強いもんだから、怖がられて誰からも名前を呼んでもらえないんだよ。称号というのも、それに見合った実力というのも、その実あまり美味しいものではないんだよな、これが」

「は、はぁ————」

 どう返したものか。
 
 さしもの戦鬼と言えども、やはり中身は人な訳で。
 その腕に則した称号も、地位も名誉も、人ひとりにはお荷物が過ぎる。
 それで同僚や異性から距離を置かれてしまったのでは、そも性別の差すらも意味を持たない。

 男だから、女だから、という理由ではなく、彼の場合は別に”戦鬼だから”と頭に付いて来てしまうのだ。
 それは悲しいことである。

「俺名前は知れ渡ってしまっているみたいだから、あとは君だけだな、人形のようなお嬢さん」

「え…? あ、は、はい…! エマと申します…! 極東の島国はサクラの出身でして、先程も申しました通り、学園入学を機にこちらへ」

「エマ、か。うん、いいお名前だ」

「ありがとうございます……ち、ちょっとだけ恥ずかしいですけれど」

「はは」

 そうやって上品に笑う姿からは、見た目の素朴さも相まって、鬼などという様子は一切感じられない。
 どころか、誰より淑やかで、誰よりもふわっとしていそうな程だ。

 互いに名乗りも終えると、さてどうしようかと思い悩む。
 エマの目的は本当にただの散歩。対するオーファンも、特にこれといった用事なく出て来てしまったのだということで。

「お茶でもしようか。学園の門限までは、確かまだしばらくあるだろう?」

「い、良いのでしょうか…?」

「提案ではなくお誘いだから気にしなくて良いさ。最も、それはエマが嫌ではなければの話だけど?」

 断る理由はない。
 寧ろ、これで直ぐにさようなら、なんてことになってしまっては、それこそ暇を持て余しそうだ。

 何より、学園OB、それも戦鬼との会食など、貴重も過ぎる体験だ。
 恐縮こそすれども、やはり嬉しいのが本音だ。

「では、あの……お言葉に甘えても…?」

「モチのロンだ。後輩の友人ができるのは嬉しいことだなぁ。行こうか」
 
 上品に笑ってふわりと柔らかな笑顔になって。
 先の迫力のことも呪詛のことも、エマの頭の中からはすっかりと消えてしまっていた。