教室内のへんな空気のせいで、男子たちまでもがなにかを察している。
面倒なことに関わりたくないのか、なにも言っては来ないけれど。
授業が始まると、いつもの日常が戻ってきた。授業中だけは、誰にも気を遣うことなくただ息を潜めていられる。
そもそも学校には勉強をしにきているはずなのに、どうしてみんなそれ以外のことに躍起になるんだろう。
休み時間のたびに教室を出てひとりになれる場所を探した。
ちょうどお昼休みに入ると、お弁当が入ったランチバッグを持って廊下へと出る。
今までずっと教室で食べていたけど、これからはそうもいかない。
どこで食べようかな。どこかいい場所はあるかな。
校舎の中をウロウロする。
どこもかしこも人がいっぱいで、落ち着ける場所はなさそうだ。
「琉羽……!」
後ろから控えめに名前を呼ばれた。
振り返るとそこには、お弁当の包みを胸に抱えて走ってくる菜月の姿。
「な、つき……」
菜月はわたしの目の前までくると足を止めた。
はぁはぁと肩で小さく呼吸しながら、まっすぐにわたしを見つめる。
「琉羽のことを許したわけじゃないよ……。でも、謝ってくれてありがとう」
「え……」
「琉羽は黙って見てただけだけど、あたし、すごく傷ついた。ショックだった」
「う、ん……わかってる。本当にごめんね……っ」
言い訳とか弁解は思いつかない。
菜月にはなんの非もないんだから、わたしはただ謝ることしかできない。
心の底から後悔の念が押し寄せてくる。
どうしてもっと早くこうしなかったんだろう。
取り返しがつかなくなってからじゃ遅いのに。
「謝らないで。もしあたしが琉羽の立場だったら、同じことをしてたと思うから。あたしね、中学の時もイジメられてたんだ。根暗とか、キモいとか、ダサいって言われて」
「えっ……」
菜月がイジメられてた?
そ、そんな。
「だから高校では、新しく生まれ変わろうって。見た目を変えて、オシャレにも気を遣うようになった。勉強も精いっぱいやって、必死でいい子のフリして、みんなに合わせて笑ってた。もう二度と傷つきたくなかったから」
菜月は笑っているけれど、その顔は今にも泣き出しそうだった。
きっとツラかったんだろう。
生まれ変わろうと必死に努力してきたんだよね。
「だけど外見を変えても、ダメだったみたい。結局あたしは、どこにいても変われないんだって思った。でも今日、琉羽が謝ってくれて嬉しかった」
「な、菜月……ごめ、ごめんっ」
知らなかった。菜月にツラい過去があったなんて。
「本音を言うとね、許せない気持ちのほうが強い……でもあたしは、どんなことも前向きに捉えたいんだ。恨んでばかりじゃ疲れるし、なんの得にもならないんだもん。許すことが強さだって学んだの。だからあたしは、琉羽を許すよ」
「ごめん……なさい。これ以外に言葉が見つからない。わたしは、菜月になんてことを……」
いくら許すって言われても、それじゃあわたしの気が済まない。
いっそのこと、怒って罵ってくれるほうがよかった。
そしたら少しはわたしの気も楽になったのに。
って、またわたしは自分のことばっかりだ。
いい加減嫌になるよ。
「いいんだよ。あたしには琉羽の気持ちもわかるんだから」
そう言って優しく笑ってくれた菜月の目に涙が浮かんでいる。
それを見て、ものすごく居たたまれない気持ちになった。
なんて心の綺麗な子なんだろう。
許すことが強さだと言って笑っている。
もしわたしが菜月の立場だったら、きっとそんなふうには言えないと思う。
卑屈になって、全部を周りのせいにして嘆いていたにちがいない。
わたしは大きく息を吸い込んだ。



