コトッとお茶碗とお箸を置く音がしたかと思うと、向かい側に座るお父さんが立ち上がった。

「もう行くんですか?」
「ああ」

お母さんの問いかけにひとことだけで返すお父さん。夫婦の会話は昔からこんな感じだ。

お母さんはお父さんのどこがよくて結婚したんだろう。

わたしだったら、お父さんみたいになにを考えているのかわからない人は絶対に選ばない。

それに女は黙って男のあとをついて来いっていうタイプのお父さんと一緒にいても、絶対に楽しくないよね。

玄関先までお父さんを見送るのも、お母さんの日課。

「父さん、いってらっしゃい」
「いってらっしゃい……」

お兄ちゃんのあとに聞こえるか聞こえない程度の声で囁いた。

聞こえていてもいなくても、正直どっちでもいい。

お父さんがわたしに返事をしてくれることはないんだから。

「おまえ、もうすぐ夏休みだろ? いいよなぁ、高校生はお気楽でさ」
「べつに、お気楽なわけじゃないよ。わたしにだっていろいろあるんだから」
「なんだよ、いろいろって。期末テストが悪かったとか?」

からかうように笑うお兄ちゃん。

いつもいつも、お兄ちゃんはわたしをバカにする。

こんなふうに言われるたびに悔しい気持ちがこみ上げて、イライラさせられる。

お兄ちゃんといると自分のバカさが浮き彫りになって、劣等感を抱いてしまう。

だから嫌なんだ。

「俺が勉強見てやろうか?」
「ダメよ、なに言ってるの。お兄ちゃんには大切なお勉強があるんだから。琉羽なんかに割く時間はないわ」

お父さんの見送りから戻ってきたお母さんが険しい表情を浮かべている。

明らかに不機嫌そうな顔。こうなると長いんだよね。

ああ、もう。やだ。お兄ちゃんのせいだ。わたしのことなんて放っておいてほしいのに、余計なことを言うから。