もしも明日があるのなら、君に好きだと伝えたかった。

背後から低い声がした。

聞き覚えのある声に、心臓が嫌な音を立てる。

まさか……まさか。

嫌な予感しかしなくて、全身から冷や汗が吹き出す。頭が割れるように痛い。

『なにやってんのって、聞いてんだけど』

その声が怒っているということは、最初に聞いた時にわかった。

でも、頭が心が……追いつかない。

『い、がわくん、なんで……?』

さっきまでとはちがう優里の声。

『なにやってんの、おまえら。よってたかって、イジメ?』
『ちがうよ! そんなわけないじゃん!』
『じゃあ、なんなんだよ? 言ってみろよ!』

慎太郎が声を張り上げる。

今までに聞いたことがないほど、怒りと憎しみがこもった声だった。

その剣幕に怯んだのはわたしだけじゃない。

『あ、あたしたちはやめようって言ったんだよ? それなのに、琉羽がどうしても菜月を懲らしめたいって。ね、美鈴?』

えっ……?

『そうそう! 琉羽が最初に言い出したんだよっ! うちらは止めたのにっ』

なにを言ってるの……?

ちがうよ、ちがう。パクパクと金魚みたいに口を動かして声に出して言いたいのに、声にならない
ヒューヒューと空気の音が出るだけだった。

『琉羽に脅されて、あたし硝酸まで買わされたんだよ? ほんと、ありえないって』

嘘八百を並べたてる優里。

『琉羽って見かけによらず、すっごい怖いの。硝酸を菜月にかけるとか言っちゃって! うちらはそれを必死に止めようとしてたんだよ』

『そうそう。琉羽が怖くて硝酸を買っちゃったけど、それ、中身はただの水だから。あたし、怖くて。中身を入れ替えたものを琉羽に渡したの』

『恨むなら、あたしたちじゃなくて琉羽ひとりだけにしてよねっ! 行こ、優里』

ふたりの声が右から左に抜けていき、もうなにも頭に入ってこない。受け付けない。

なにから否定すればいいのか、どうしてこんなことになっちゃったのかわけがわからなくて、頭がおかしくなりそうだった。

バタバタと化学実験室を出て行ったふたりを追うこともできず、慎太郎に弁解すらできないわたしは、ただ青ざめるしかなかった。

『琉羽、おまえ……昔はこんな奴じゃなかっただろ。なんで……っ』

軽蔑しているような、幻滅しているような、慎太郎の力ない声がした。

嫌われていることは承知の上だったけど、もう終わった。

完璧に。もう元には戻せない。それだけはわかる。暗く深い地獄へと落ちていくような気分。

『見損なったよ、おまえのこと』

やけに冷たくて、蔑むような声だった。

うつむいたまま顔を上げることができなくて、ジワジワと浮かんでくる涙を必死に堪える。

たとえ事実がどうであれ、わたしのしてきたことは優里や美鈴と一緒だ。

そう考えたら弁解なんてできるわけがなかった。

どう言えっていうの。なんにも言えないよ、なんにもっ。

わたしだって、加害者なんだから。

気づくとわたしは化学実験室を飛び出していた。

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