「まったく」

バタンと部屋のドアが閉まった。お母さんが階段をおりていく足音が遠ざかる。

そのことにホッとしつつ、勉強机の前の椅子に座る。

「人の話を聞いてくれないのは……お母さんじゃん」

お母さんは自分の意見を押しつけてばかりで、なにかにつけては近所の目、親戚の目、お父さんの目を気にする。

なにをやっても器用にできる五歳上のお兄ちゃんと比べては、わたしを否定する。

『どうしてお兄ちゃんのようにできないの? 立派な医者になるには、こんなんじゃダメなんだからね。人の何倍も勉強しなさい』

高校受験に失敗した時も。

『どうして? お兄ちゃんはできたのに……。お母さんに恥をかかさないで!』

慰めの言葉をかけてくれることはなかった。

毎日吐くほど勉強してストレスでいっぱいになっていたわたしは、あれだけ勉強したにも関わらず、プレッシャーに負けてしまい、落ち着いて試験を受けることができなかった。家に帰って問題用紙を見返してみると、ミスをしたところは全部、解けない問題じゃなかったのに。

わたしはいつも肝心なところでミスをしてしまう。あと一歩、及ばないんだ。それは自分に自信がないことへの現れなのかもしれない。

『あなたはお兄ちゃんのようになればいいの。努力しなさい』

これでも、わたしなりに努力はしてるつもりだ。

でもダメなんだよ。

お兄ちゃんのようにはできないの。お兄ちゃんと同じことをしたって、どうにもならないの。

いったいわたしは、なにをやってるんだろう。

そんなことを考えてむなしくなることもあった。

もう、嫌だよ。やめたい。

逃げたい。

なんのために生きているのかがわからない。

お母さんに敷かれたレールの上をただ走っているだけで、そこにわたしの感情は必要なかった。

ただ言われた通りに操り人形のように存在していればいいだけだった。