わたしは目の前の菜月に、どんな反応をすればいいのかわからなかった。
「琉羽ったら、まだボーッとしてるの?」
「あ、えっと……」
佐上 琉羽(さがみ)、それがわたしの名前。戸惑うことしかできなくて、頭がうまく回らない。でも、ここが学校の教室だということはすぐにわかった。

窓から射し込むオレンジ色の夕陽。どうやら今は放課後らしい。

いったい、どういうことだろう。

わたしはたしかに事故に遭って死んだんだ。ふよふよとどこかをさまよっていると、そしたら声が聞こえて来て、死んでも楽になれないって言われた。

その時の会話がまだ鮮明に頭の中に残っている。わたしは、あれからいったいどうなってしまったというのだろう。

どうして今……わたしは学校にいるの?

「あたし、今からブックストアに行くの。野いちご文庫の新刊を買いに行くんだぁ」

ワクワクしながら目を輝かせる菜月は、カバンを肩にかけて帰る準備万端。明るい菜月の笑顔に、懐かしさがこみ上げる。
ブックストア?野いちご文庫の新刊?
いまだに困惑しているわたしは、現状を把握するのに時間がかかってぼんやりしてしまう。ジメジメしていてうっとおしい季節。ふと違和感を覚えたのは、半袖のカッターシャツを着ていたから。赤いチェック柄のリボンに、学校指定の白いベスト、グレーのプリーツスカート。

この前冬服に衣替えしたばかりだというのに、夏服を着ていることに疑問がわいてくる。キョロキョロと、教室の中に視線がいく。黒板に目をやり日付を確認すると、六月二十五日と書かれてあった。
「ウソ……」

だって……そんなはずはない。

思わず目を疑う。瞬きを数回繰り返して何度も確認したけど、その日付であることはまちがいなさそうだ。ありえないんだけど。

「ね、ねぇ……今って西暦何年だっけ?」

震える唇。もしかすると、声も震えていたかもしれない。
「え? 二〇一九年だよ」

その答えに、頭に鋭い衝撃が走った。

じわじわとなにかが迫ってくる感覚。
六月二十五日。
それは、たしかにわたしが過去に過ごして来た日付。
わたしが事故に遭ったのは、今からちょうど三ヶ月後の二〇一九年、九月二十五日だった。三ヶ月……ふとあの時の声が蘇る。

『おまえさんのいた世界に戻してやろう。時期はそうだなぁ、三ヶ月前だ』

わたしはあの言葉通り、本当に三ヶ月前に戻ってきたの?

いやいや、待って。どう考えてもありえないでしょ、そんなこと。