「ちょ、なにす……」
「あれっ、唐沢くん?」
突然のことで抗議しようと声を上げた。が、それは可愛いソプラノによってかき消される。
ドクン、と心臓が音を立てた。
久々に聞いたその声だけれど、正体はすぐにわかる。……昨日、走り去る後ろ姿だけは見た。
「あー、お疲れ」
なんの抑揚もなく、拓海はたったそれだけを私の後ろにいるであろうその人に返す。
その人の名前を呼ばなかったのはたぶん、あえてだ。私のことを配慮してくれたんだと思う。
私もその "あえて" に甘えて、後ろは振り向かなかった。
……ううん、振り向く勇気がなかった。



