あの日、あの時。

あなたに会わなければ。

……良かったのに……。


会わなければ、こんなに焦がれることは

なかったのに……。

********

「あぁ〜、彼氏欲しい〜笑笑」

「それな〜笑笑」

あほらしい。

欲しいなら、勝手に作ればいい。

それに、煩い。

私は煩い教室から出た。

そして、屋上に行く。

周りの音がもう耳に入ってこない。

ガチャ……

屋上に行けば。

「…………んっ………」

人が、いた。

「邪魔、なんだけど」

ボソッ、と呟けば。

「…………誰だ」

低く、寝起き独特の声がした。

「………、」

「……ちっ。答えろよ」

私を見た、漆黒の目。

私は、息を呑んだ。

だって、こんなに綺麗な漆黒の目は、
見たことがないから。

「…綺麗…」

「あぁ?」

ああ、やってしまった。

「……漆黒の、目……」

彼が纏っているのも、“漆黒”。

呑まれて、しまいそうだ。

「お前…逢坂燎(あいさかりょう)か」

ダルそうに体に起こしながら、

漆黒の彼が口を開く。

「そういや。ここ、お前のだったな」

「………はぁ?………」

私の?

言ってる意味が分からない。

「邪魔したな」

「……あ、ちょ、……」

彼は私の制止の声も聞かずに、

屋上をあとにした。

私のって、どういうこと?

確かに私はいつもここにいるけれど。

「………ぁ………」

名前、聞いてない。

まぁいっか。もう、会うこともないし。

そう思い、地面に寝っ転がった。

……………眠い。

「あい、と」

私は最愛の弟の名前を呼んで、

意識を手放した。

******
ガヤガヤ…

「………ん、」

ゆっくりと瞼を開ければ。

辺りは、もう、オレンジだった。

「帰ろ」

帰っても、誰もいないけれど。

教室へ戻れば、まだ中に人がいた。

「ねぇ、あいつ、ちょーし乗ってない?」

「同意〜」

乗ってないし。

……ガラガラ

中に入れば、そいつらに睨まれる。

怖くないけれど。

一瞥もくれてやらずに教室を出る。

玄関まで行けば。

「燎っ!」

後ろから呼び止められる。

振り返れば、ここの教師でもあり、従兄弟の兄でもある垣坂天斗(かきさきあまと)がいた。

「何」

はぁ、とため息をつく。

「帰ろうか?」

「……………遅い」

「ごめんごめん」

天斗は垣坂組の若頭もやっている。

何故、極道と親しいかと言うと。

私も極道だから。

私は逢坂組組長。

父と母、そして最愛の弟は。

…………………もう、この世には、いない。

3人とも、死んだ。

「行こうか?アカメさんが怒るから」

「……………………ん」

天斗は、ん、と手を差し出してきた。

私はその手をジッと見つめる。

小さい頃はもう少しだけ可愛く見えた手は、
大きく、骨ばっていた。

「なんだよ笑」

「……………別に」

ははっ、と笑う天斗。

それから、天斗の車で家まで帰る。

車の中は相変わらず静かで。

思い出してしまう。

……あの時のことを。

母と父、そして弟の藍砥は。

やめだ、考えるな。

忘れてしまった方が、いい。

「着いたぞ」

「………あ………うん」

門を潜ると、部下達が出迎えてくれた。

「おけぇりたせぇ!!お嬢っ!!」

「ただいま。姐さんは?」

こちらです、と案内された。

あ、思い出した。

あの漆黒の彼、菫石(すみれいし)の若頭だ。

だけど、顔を会わせたことすらないのにどうして
分かったの?

「燎」

姐さん……アカメさんが私を呼ぶ。

「…………はい…………」

「菫石夏目があなたと会いたい、と言っているわ。どうする?」

アカメさんの隣に、組長である、逢坂遼人が私を睨んで座っている。

「……どうする、とは?……」

「あなたが会いたいと言うなら、会わせるわ。けれど、あなたが会いたくないと言うならば」

そこで言葉を切ったのは、アカメさんの優しさ。

どうしたいか。私は。

「……会います……」

確かめたいこともある。

「そぅ。分かったわ。そうやって先方には言うわね」

アカメさんはにこりと笑っているが、後ろでは遼人さんがやっぱり私を睨んでいる。

子供の頃から見てる睨みだから今更怖くもなんともない。

だって、その睨みが、私を“私”でいさせてくれるから。

おかしな話だけど。そう、子供の頃から私は思っている。そして、それから1ヶ月が経った日のことだった。

「お前」

後ろから、男の低い声で呼ばれる。

「…………何」

私はそれに答えるために、振り返る。

そうすれば、漆黒の彼………菫石夏目が立っていた。

相も変わらず、綺麗な顔をしている。

纏っている漆黒も、変わらない。

「屋上に来い」

「………いいけれど、」

どうやら呼び出しみたいだ。

私は彼の背中を追って歩き出す。

屋上に行くまで、私と彼は一言も話さなかった。

屋上に来ると、外は綺麗な青で染まっていた。

雲も少しあるが問題ない。

「今から来い」

「…………何処へ?」

来いって何処に?

その返答に、当たり前のように言う。

「俺の家」

「………どうして?」

別に真面目に授業に出る気は無いけど。

だからと言って、彼の家に行く理由もない。

「親父と母さんが会いたがってる」

菫石霞花(すみれいしかすか)と菖蒲が?」

「ああ」

どうして2人が私に会いたがっている?

わからない。

私は会いたくないのだけど。

それに、この人とのことは“嘘”なのだから親に会う必要もないと思うのだけれど。

「面通しはしておくのが常識だ」

それを言われて、納得する。

確かにそうだけれど、。

「……分かった。行くわ」

その言葉に菫石夏目は怪しく笑った。
それから、滞り無く、授業も終わった。
さぁ、帰ろう。と思った、その時。

「おい」

キャァァァァァァァァァァァァァァアアァっ!!

(煩い)

教室の入口の方へ視線を向ければ。

「………菫石夏目」

すっ、と目を細め、私を見る。
私はそれに、何も返さない。
クイッと、顎を斜めにあげる。
それを見て、行くぞ、と言われたのが分かった。

(そんな事しないでも、分かっているわよ)

音も立てずに、私は教室から出て行く。