「あなたの想いを聞いた彼女が嬉しいと思うか、知らなければよかったと嘆くのかは誰にもわからないわ。でも、それを決めるのは本人なの」

「どういう、こと……ですか?」

「あなたの想いを知らなければ、彼女は悲しむこともあなたへの恋心に決着をつけることもできない。辛い思いをするのだとしても、好きな人が最期の瞬間になにを想ったのか、知りたいって思うはず」

 最期の瞬間というのは残して逝く者と残される者のどちらにとっても大事なものだ。

 彼の想いが彼女の心を苦しめるのだとしても、いつか知れてよかったと思える日がくる。そのときこそ、彼女は彼という過去を乗り越えて前に進むのだろう。

 でも、それまでは大事な人を悼むのに時間を費やす。それが故人へのなによりの弔いであり、生者の前へ進むための時間でもあると私は患者から学んだ。

「そう……か、若菜さん……俺、この気持ち……墓場まで持っていかなくて……いいんですね」

 肯定するように頷けば彼は嬉しそうに笑って、静かに息を引き取った。それから私は遺言を残す兵たちを看取り、エドモンド軍事司令官にも呼ばれたのでそばに行く。

「目、覚めたんですね……。まさか、エドモンド軍事司令官まで遺言とか……言わないです……よね?」

 胸がざわつき、私は不安を隠し切れずに言葉にしてしまう。そんな私の顔を見上げたエドモンド軍事司令官は覇気はないが笑った。

「バカ言え。死なねぇよ、俺は……。それより、あいつらの最期の言葉……聞いてくれたこと、感謝する」

「いいえ、今の私にできることはこれくらい……ですから」

 どっと疲労感に襲われて、私はエドモンド軍事司令官の横に座り込む。自分で思っていたよりも無理をしていたらしく、一度腰を据えたらそこから動けなくなった。

 見かねたエドモンド軍事司令官が「大丈夫か」と声をかけてきたので、私は苦笑いする。

「怪我のほうは、なんとか。まだ貧血が残っているみたいですが……」

「そっちじゃない、心のほうだ」

「……その問いに、どう答えたらいいのかわかりません」

 だって、大丈夫なわけがない。心も身体も擦り減って、常にどうしたらこの悲しみから解放されるのだろうという考えが頭に居座る。

「だけど……たとえ大丈夫じゃなくても、私は……私だけは強く在らねばなりません。悔やんでも明日を生きられない人たちのために、私に命を預ける患者のために」

 言葉にしたら、揺らいでいた心が固まるから不思議だ。私はすっきりした気分で、エドモンド軍事司令官に笑いかける。

「……お前、男よりも男だな」

「またそれですか」

「褒め言葉だ。その男気には男である俺も惚れ惚れする」

「からかってらっしゃいますね……」

 軽口を言い合って気持ちが軽くなった私は、気を取り直して自分の制服の裾を千切る。それをエドモンド軍事司令官や他のミグナフタ兵の傷口を覆う布として使い、できる限り清潔を保つよう頻回に取り替えた。

 そのかいあってか、エドモンド軍事司令官の熱も引き、ミグナフタ兵も今のところ重症化していない。
 そうして励まし合いながら三日が経ち、ついにタイムリミットが来てしまった。

「さーて、火葬の準備ができたよ。ゴミ人間さんたち」

 松明を手にしたノーノが牢屋の前に立って、にっこりしながらで平然と私たちの死を宣告する。

 せっかく一命をとりとめたというのにミグナフタ兵もエドモンド軍事司令官も私も、生す術なく殺されてしまうのだろうかと悔しさに唇を噛みしめた。

 そんな私の心中を察してか、ノーノはいっそう笑みを深めて耳打ちをしてくる。

「足掻いても無駄だよ」

「……っ、それでも……最後のそのときまで諦める気はないわ」

 頭の中に『約束してくれ、俺の元へ戻ると』という彼の声がこだまする。

 約束したんだ、必ず帰るって……。私の帰りを待っているシェイドのためにも、この命は簡単に手放せない。

 希望を捨てずにいる私の目を見たノーノは、不愉快だと言いたげに顔を歪める。

「その心が折れる瞬間が楽しみだよ」

 一致しない表情と言動をして、ノーノは不機嫌そうに踵を返す。

「全員、屋上に連れてきて。そこで火あぶりにしてやるから」

 ノーノに指示されたレジスタンスの下っ端たちは私とエドモンド軍事司令官、生存したミグナフタ兵を縄で縛る。体力も気力も尽きかけ、武器もない私たちはされるがままに砦の屋上へと連れていかれた。

 真正面にノーノとオッターヴォが並んで立ち、足元に薪を積まれて太い木の棒に縛りつけられた私たちを見せしめとばかりにレジスタンスたちが取り囲む。

 目を閉じて静黙しているオッターヴォの隣で、興奮した様子のノーノがそわそわと松明の炎をエドモンド軍事司令官の薪に近づけた。

「お前がこの中ではいちばん偉いんでしょ? だから、最初に業火で焼け死ぬ栄誉をあげるよ。ああ、恨むなら自分の権力を恨むんだね」

「うるせぇぞ、ガキ……てめぇの火遊びに付き合う気はねぇ」

「うわ、この状況で啖呵きるとか……。ミグナフタの軍神って、おつむが弱いんだね」

 軽い口調でそう述べたあと、ノーノは作り笑いを消し去ってその表情を冷酷に凍らせる。このままではまずい、と本能で悟った。

「私はエヴィテオールの王子の婚約者です!」

 私が叫ぶとエドモンド軍事司令官は顔色を変えて、「お前は黙っとけ!」と焦ったように声を張り上げる。

 でも、私は自分が繋ぎ止めた命をこれ以上奪わせたくない。
 そのために引くわけにはいかなかったので、私は続けた。

「権力なら、そこの軍事司令官よりも上だわ」

 婚約者の段階で権力なんて持ち合わせてはいないのだが、とっさに浮かんだのは無理がありすぎるこのはったりだった。どうか私に注意が向きますようにと願っていると、ノーノは白けた目をしてこちらに歩いてくる。

「あー、もう。僕の許可なしに勝手に喋らないでくれる? 僕が興冷めしたら、お前たちなんてあっという間に処分するよ?」

 松明の炎が今度は私の足元の薪に近づけられ、息を詰まらせる。じわじわと焼かれながら死ぬ痛みを想像しただけで、身体が小刻みに震えた。

 それでも、できるだけ皆に火がつけられる時間を遅らせたい。そうすれば、私の作った数秒が希望に繋がるかもしれないから。

 私にはシェイドがいて、月光十字軍の皆がいて、ミグナフタ国の仲間もいる。きっと助けが来ると信じて、私は気を強く持つ。

「私の心も身体も、そして言葉も誰にも縛る権利はないわ」

 はっきり告げれば、ノーノは「じゃあ死ね!」と逆上する。松明の炎が私の薪の端を熱し始めたとき、吹き荒れる風の中に透き通る一声が響く。

「その女性から離れろ、その首を跳ねられたくなければな」

 嘘、でしょう?
 声がした屋上の戸口に視線を向ける。そこには月光十字軍を引き連れ、愛剣のサーベルを手に不敵な笑みを浮かべて立つ愛しい人――シェイドの姿があった。