第8話 乱闘

男達が近づく前に翔は跳んでいた。

先頭の男を前蹴りで倒すと、そのまま勢いをつけて突進して、翔の腕が何度か動いたと思ったら、「あっ!」という間に3人を片付けてしまった。

俺でさえ翔の早業には驚いた。
「翔、なかなかやるな」と後から声をかける。

振り向いて翔は親指を立てた。

その隙を狙って男が飛びかかって来たが、翔は予期してたのか、難なく肘を男の顔面に入れた。

男は鼻血を出しながら倒れていく。

男達は怯んだ。

それはそうだろう。

人数に任せて勝てる積もりだったのだろうが、翔ひとりに5分も持たず半数近くに減らされたのだから。

「お前ら何をやってる」と黒崎が怒鳴って前に出てきた。

翔が身構える。

「おいおい翔、そいつは俺の獲物だ」

「あっ、そうでした。拳さん、どうぞ」と言って脇に退いてくれた。

俺は黒崎を睨みながら
「なあ、狂犬さんよ。砕けた顎は治ったのか?」と挑発した。

黒崎は苦虫を噛み殺したような顔をして
「お前だけは許さない」と怒鳴った。

俺は更に続けて
「何故、吉田を殺した」と言った。

黒崎は動揺して
「なっ・・・なにを言ってる。俺は殺してなどいない」

「お前はあの女に惚れている。だから邪魔な吉田を殺したんだろう」

図星だったのか黒崎は怒り狂って、あの頃のように遮二無二パンチを繰り出してきた。

俺は軽く避けて距離を取る。

「お前は進歩がないな。少しはましになったかと思っていたが、それでは一生俺に勝てない」と言ってやった。

「くそぉー、覚悟しやがれ」と言って、黒崎は懐から刃物を出した。

それを見て俺はがっかりした。
「情けない俺だな。ボクサーが刃物に頼るのか?」

狂犬と呼ばれていた頃は嫌いだったが、ある種の尊敬はしていた。

あの頃の黒崎には拳ひとつで成り上がってやると言う情熱がひしひしと感じられたからだ。

俺よりずーとハングリーでひたむきな情熱を。

しかし、今の黒崎には何も感じられなかった。

ただのバーの用心棒に成り下がっていた。

俺は哀しい目を黒崎に向けた。

黒崎も俺の目をじっと見つめている。

黒崎は悟ったのか刃物を捨てた。

「お前なんか お前なんか」と言いながら、再びパンチを繰り出してきたが、さっきとは違いセオリー通りのきれいなボクシングをしてきた。

しかし、それはもちろん黒崎のボクシングではない。

並みの相手なら充分通用するだろうが俺には無駄だ。

ラフファイトが身上なのにきれいなボクシングでは黒崎に勝ち目は無い。

黒崎もそれが分かっていたけれど、刃物を出した自分を恥じたのかもしれない。

(まだ腐りきってはいないんだな)

と俺は少しだけだが救われた気持ちがした。

スピードもパンチ力も俺の方が勝っていた。

俺は毎日鍛えているが、黒崎はどうだろう?

多分用心棒稼業で怠けていたんだろう。

俺は黒崎のパンチに合わせてカウンターを叩き込んだ。

何度も何度も・・・

奴はそれでも立ち向かってきた。

泣きながら・・・

俺は見ていられなくなって、渾身の力でストレートを黒崎の顔面に入れた。

黒崎は涙を溜めた目で俺の目を見つめながら、ゆっくりと仰向けに倒れていった。

翔が
「拳さん、やさしいんですね」と言った。

倒れた向こうに
「さすがにお強いですね。探偵さん」と笑顔の西崎が立っていた。