『スーパームーン』 ー マスター編② ー

第10話 エピローグ

そこにいる西崎はまったく違う人間のように見えた。

鬼になっていた西崎のただひとつの最後の灯りは息子だった。その息子から非難されたのだから、西崎は全ての灯りを失ってしまった。

「聞いてくれ、翔。俺は捜したんだ。お前と母さんを。必死に捜したんだ。でも見つけられなかった」

「だからって悪い事をして良い理由には無らないだろ?」

「俺は・・・絶望してしまったんだ。この世界に。人生に」

「あんただけが不幸な訳じゃない。不幸でも正直に生きてる人がほとんどだ。親父は何故悪い事をする? ここにいる拳さんは妊娠中に奥さんを殺されたんだ。赤ちゃんの顔も見ることもできなかった。それがどれ程の哀しみだったか? どれ程の絶望だったか? それでも親父みたいにならず、それどころか自分の命を賭けて何度も人を助けている。俺の尊敬する人だ。何故親父はそんな風になってしまったんだ?」

西崎は俺を見た。そして翔を見た。

翔の真っ直ぐな瞳を見て西崎は目を伏せた。

「俺の気持ちなんか誰にもわからない」と、西崎は力なく言った。

「甘えるなよ。親父。人の気持ちなんて他の誰にもわからない。あんたに俺の気持ちがわかるのか? 拳さんの気持ちがわかるのか?」

西崎にもう言葉はなかった。

哀れな中年の男に変わっていた。



俺はマサに連絡して警察を呼ぶように言った。

事前に警察にも手回ししてあったので直ぐにやってきた。

もう西崎達は手向かいはしなかった。

五階に軟禁されていた女達は無事に保護された。

あのブラックジャックの女は俺を見つけると抱きついてお礼を言った。

「貴方を見た時、必ず助けてくれると何故だか確信してました。ありがとうございます」

「旦那さんは残念だったが」と俺が言うと

「もうあの男には心底愛想尽きてましたから大丈夫です」と、綺麗な微笑みをした。

俺は苦笑しかできなった。

女は切り替えが早い。


西崎の自供により本部長の桜井も直ぐに逮捕された。

まだ警察にも自浄能力は残っていたようだ。


翔が
「すみません、拳さん。拳さんの事べらべら喋っちゃって」と、照れた笑顔で謝ってきた。

「マサから聞いたの?」

「俺、前から拳さんに憧れてて、無理にマサさんから聞き出したんです。拳さんみたいな人が親父だったら良いなと興味があって。ほんとの親父はあんなんでしたけど」と、翔はちょっと哀しそうに言った。

「なぁ、この仕事の依頼者ってお前なんだろ?」と俺は聞いた。

「あれ? ばれちゃいました」と翔は笑って言った。

「やっぱりな。お前が急に『親父、もう悪い事は止めなよ』って言い出した時はびっくりしたよ」

「マサさんに相談した時、拳さんならきっと助けてくれると言ってました」

「ほとんどお前ひとりの活躍だったけどな。マサも俺に黙ってたなんてひどい奴だ」

「いえいえ、黒崎を倒した時の拳さんには痺れました。優しいパンチって初めて見ました」と、少し興奮して言った。

「それからマサさんには俺が黙ってて下さいって頼んだので怒らないでもらえませんか?」と、お願いしてきた。

俺はため息をひとつつき
「今回はお前の活躍に免じて許してやるか。でももう隠し事は無しにしてくれよ」と、釘をさした。

「はい、わかりました。すみません」と、翔は素直に謝った。

気持ちの良い若者だ。正直で真っ直ぐだ。明るくて頭も良い。思いやりもあり、優しい。

俺は翔を見ながらこの世に生まれて来れなかった息子の事を思った。

涙が溢れないように空を見上げるといつもより大きな月が出ていた。

俺の息子もこんな風に育って欲しかったと・・・。