第2話 相棒

俺は5日後、退院してマンションに戻ってみると部屋が酷く荒らされていた。

本棚は倒され、服は全てクローゼットから放り出され、パソコンやテレビも壊されていた。

さらに大切に保管していた洋酒もことごとく割られている。

「酷い事をしやがる」

俺は怒りが頂点まで達していた。

警察に電話する。

直ぐに来た。

鑑識が現場検証を始めたので、俺はマンションのロビーに避難した。

この間の年配の刑事が俺を見つけると近寄って来て
「重ね重ね災難でした。犯人は必ず逮捕しますので、お任せください」と武田刑事が話しだす。

「それで犯人の見当は?」と聞くと

「その事であなたに聴きたい事がありまして」と言って分厚いカタログを見せた。

「これは?」

「ルブランのカタログです。あなたが見た靴を特定して欲しいのですが ?」

「と、言っても一瞬の事だったし」

「はははっ、しかしあなたはその一瞬でルブランの靴だと特定したじゃないですか。あなたなら靴の種類くらい分かるでしよう」と指摘した。

この刑事は侮れない。

多分俺の事も調べ済みだろう。

俺はカタログを手に取り、考える振りをしてページをめくっていく。

「この靴だと思うが」と言うと

「成る程、成る程。さすがは元探偵ですな。素晴らしい観察力です。これで犯人に一歩近づけました。ご協力感謝します」と目を光らせて言った。

やっぱり調べてやがる。

「多分、部屋を荒らしたのも同じ犯人でしょう。それではくれぐれも用心してください」と言ってエレベーターの方に向かって行った。

「喰えない奴だ」と俺は思った。

大体刑事何て奴は信用出来ない。

全くのお役所仕事だ。

地道な捜査とか言っているが、俺に言わせりゃただの時間潰しをしているようにしか見えない。

全くの税金泥棒だ。

「もっと頭を使えよ」と言ってやりたい。

俺は自分で犯人を捕まえる決心をした。

大体もう見当は付いている。

こんなセコイ事をするのはあいつしかいない。

そしてルブランの靴。

間違いない。

多分、前の住処にはもういないだろう。

「さてどうする」

俺は一本の電話を入れた。



2日後、一人の男に会いに行く。

情報屋のマサ。昔の俺の相棒だ。

金さえ出せばどんな情報も手に入る。

まさにプロ中のプロだ。

俺は電話で事情を話し協力を求めていた。

マサはある古書店の二階に住んでいる。

俺は古書店の店主に目配せして二階に通してもらった。

店主とも長い付き合いだ。

二階に行くと、相変わらず汚い部屋だった。

荒らされた俺の部屋より酷い。

マサは早速調べていてくれた。

「あいつは先月、ムショから出てきたばっかりだ。相当お前の事恨んでるぜ。気をつけた方が良い」と言った。

「俺の事は心配いらない。『奴』の住処が知りたい」と答える。

「『奴』はもう失う物は何も無い。謂わば手負いの獣だ。手を出せば大ケガをするぞ」

「何言ってる。俺はもう大ケガさせられたんだぜ。今度はこっちの番だ」と俺はニヤリと笑ってやった。

マサはため息をついて
「お前は変わらないな」と哀しそうな顔をした。

「『奴』は女の所だ。くれぐれもやり過ぎないようにな」と言って女の住所を書いたメモを渡してくれた。

「ああ、分かってる。今度は一生ムショから出れないようにしてやるさ」

俺はそう言うとメモにあった女の住所に早速向かった。



女のアパートは入りくんだ路地の奥にあって探すのに苦労した。

アパートの周りは隠れる所が無いので、路地の手前の空き地に車を止めて、三階にある女の部屋の高い窓を見守る事にした。

灯りが点いている。

まだ頭は痛む。

奴は本気で俺を殺す積もりだった。

許せん。

逆恨みも甚だしい。

が、『奴』にはもう人間らしい感情は無いのだろう。

言葉で言っても多分無駄だ。

さて、どうする?

『奴』には生きてる事を後悔させてやらなければならない。

俺の中の暗い部分が顔を出しかけている。

こうなったら自分でも制御不能だ。

「もう、殺るしかないだろう」

と考えていた時、コンコンと車の窓を叩く音がした。

武田刑事だ。

「さすがに早いですね。元探偵さん。で、何をしてるんです」と嫌みを言いやがる。

俺は
「ああ、今夜は月がきれいなんで」と答えた。

武田刑事は
「ほほぉう、風流ですな。月見ですか。でも、ここでは良く見えんでしょう? 別の場所に移動した方が良いですよ」と、言葉は丁寧だが、有無を言わせぬ口調だ。

俺は刑事の目を睨みながら
「成る程。今日はおっしゃる通りにしましょう」と言って車を出した。

あの刑事、なかなかやるな。

もう『奴』の居所を突き止めるとは。

「仕方がない。今日の所はあの刑事に譲ってやる」

今夜は俺の出る幕は無さそうだ。