「月がきれいですね。」

あの日、彼女は砂浜の月のない霞んだ空を見上げ、フッと僕のほうを向いて、つぶやいた。
いつになく、真剣な顔で。

「月なんてないよ?」

あの時の僕は、彼女が何を言っているのか、わからなくて聞き返した。
すると、彼女は目を大きく見開いて、少し悲しそうな顔をした。
僕はどうしてそんな顔をするのか不思議で、すこし申し訳なくなり、

「えっと…なんか、まずかったかな…?」

眉毛を寄せて、彼女に尋ねた。

すると彼女は、

「ひどいよ…」

いつもの彼女からは想像もつかないくらい泣きそうな顔をした。

「え…ご、ごめん…」

正直、この時とても焦った。

僕がどうすればいいか、戸惑っていると、

「なーんちゃって!びっくりしたー?」

いたずらが成功した子供のように、クスクスと笑った。

彼女のそれに、
少しだけホッとしたのは、内緒だ。

「ちょっと焦ったよ」

「えーちょっとかぁ。もっと焦ってよー!」

こっちはヒヤヒヤしていたと言うのに、
彼女はのんきに悔しがっていた。

その後は長い沈黙が続いた。

いつもだったら彼女の方から話しかけてくれるのに、この時はそれがなくて、
やっぱりさっきのがまずかったんだろか…
と、僕が落ち込んでいると、
彼女が沈黙を破った。

「ねえ、ハルくんさ、さっきの言葉の意味、どういう意味かわかる?」

「ううん。わかんないな。」

「そっかーそれならいいや。」

そういうと、彼女は
「うーん」
と伸びをした。


「やっぱり、さっきの言葉は何か意味があるの?」


彼女があんなことを言うから、気になってしまい
聞いてみると、

「さあ〜どうでしょー!」

二ヒヒっといたずらに笑った。

「今度教えてよ。」

もう、彼女はあの言葉の意味を言う気がないとわかった僕は、今度教えてもらおうと思った。




けれど、彼女の口からその意味を聞くことはもう、来なかった。

思えばこの時、僕の人生初の片想いは終わっていたのかもしれない。

彼女が、どういう思いであれを言ったのかは、
今となっては分からない。

けれど、僕はあの日の彼女に言葉をかけるなら。

この言葉を言うだろう。