「私と弟以外で今日のお葬式に来た子供はいる?」
私がそう聞くと、お母さんは笑って答えた。
「今日の葬式会場に来た親戚の中で子供を連れてきた人は私たちぐらいよね、お父さん」
「そうだな。……もしかして、一人で寂しかったか?」
「そんなことないわ」
寂しくはない。けれど、少しだけ怖くなった。私と弟以外に子供がいないということは、私が見たあの子はなんなのか。
考えるのが怖い。けれど、頭が一つの答えに辿り着こうとさっきのことを思い出す。
もやもやした気持ちから逃げるように私は部屋で一人宿題をしていた。
両親の涙を思い出して、私は頭を振った。見てはいけないものを見てしまったいたたまれなさを感じる。本当は出るつもりだった葬儀には出なかった。両親の涙を見るたびにそのいたたまれなさと一人闘うことになるからだ。
葬儀に出なかったことへの罪悪感がもやもやを手助けする。それから逃げるように私は宿題に集中した。
その時だった。
「待て!」
男の子の声が聞こえて、私は振り返った。見た目は私と同じ中学生ぐらいの男の子が私の目の前を走っていった。いつの間にか部屋にいた男の子に驚いて私はただ呆然と男の子のことを見ていた。
いつの間に部屋にいたのか。宿題に集中していて気づかなかったのかもしれない。そんなことを思いながら男の子の様子をぼんやり眺める。
黒い髪で私と同じ中学生くらいの男の子だ。果たして、親戚にこんな子はいただろうか……。私が不思議に思っていると、男の子が不意に振り返った。
男の子と目が合う。
「……!」
私は急いで目を逸らした。見つめすぎたかもしれない。
私から見たら男の子は不審な人だけど、相手から見たら私も不審者に見えるのかもしれない。どくどくと心臓が波打つ。
鼓動から目を逸らすように宿題に集中しようとする。けれど、内容が頭に入ってこない。
なんとなくちらっと視線を横にずらすと、すぐ近くに男の子の顔があった。
「わっ!」
驚いて思わず声をあげた。いつの間に私の近くにいたのか。男の子も驚いたように大きく目を見開いてこちらを見ている。
「お前、俺が見えるのか」
男の子が言った。私は思わず耳を疑った。それはまるで、見えているのがおかしい、と言っているみたいだ。
「それってどういう――――」
その時、扉が開く音がした。振り返るとお母さんと弟が散策から帰ってきて部屋に入ってきた。
はっと男の子の方を振り返った。男の子の姿がどこにも見えない。あり得ない現実に頭がついていかない。
「茉奈」
お母さんが私の名前を呼んだ。お母さんが心配するように私の顔を覗き込んだ。
何でもないわ、とだけ言って、私は先程まで男の子のいた場所を一瞥した。
男の子が一瞬で消えることなどあり得るのか。普通の人間なら不可能なことだ。
しかし、思い返してみればあの男の子が部屋に入ってくるとき、扉の開く音がしなかった気がする。そういえば、走っていた時も足音がしなかったような……。
そこまで考えて、私は考えることを放棄した。何かの見間違いに違いない。どうやら私はよっぽど疲れているみたいだ。
車が止まった。窓から私の住んでいる家よりも立派な家が見える。おばあちゃん家についたみたいだ。
車を降りておばあちゃん玄関に行く。
玄関に入ると、なんだか忙しそうにしていた。家の中はさっきの葬式に来た人達でいっぱいだった。
台所からおばあちゃんが料理を持ってきた。
「あら茉奈ちゃん。よく来たわね」
「何かお手伝いする?」
「ううん、大丈夫よ。それよりもおじいちゃんを拝んでおいで」
おばあちゃんの言葉に頷いて私は廊下を歩いて茶の間に向かった。
襖を開いて、私は驚いた。なぜなら葬式の会場で出会った男の子が、今そこにいたからだ。
「え」
そう言ったのは男の子の方だった。男の子も目を見開いて驚いているようだ。
「なんで、ここにいるの」
「……そっちこそ、なんでここにいるんだよ」
「ここは私のおばあちゃん家よ」
そういうと、男の子は納得したように頷いた。
「……あなた、何者?」
「俺?」
少し考えるようにそっぽを向いた後、男の子は私の方を向き直って言った。
「死神、かな」
「……本当に?」
「うん」
私が訝しんでいると、襖が開いた。振り返るとお母さんがいた。お母さんは不思議そうな顔をして私を見ていた。
「茉奈、一人で何を喋っているの?」