「…かちゃん…一花ちゃん!」



飛び出して無我夢中で走って、気付いたら樹くんに右手をつかまれていた。



振り向くと、肩で息をする樹くんの姿。どうやら走って追いかけてきてくれたらしい。



「…これ…忘れてった」



樹くんが私のカバンを差し出す。


そこでようやく自分が、カバンも持たず飛び出してきたことに気付いた。…どんだけ余裕ないの、私。



「…ご、ごめん…ありがとう」



樹くんからカバンを受け取る。




グイ、と残っていた涙を拭う。もう次は溢れてこなかった。




樹くんきっと、びっくりしたよね。目の前で何の脈絡もなく急に泣くんだもん。




「ご、ごめんね樹くん。なんか…目にゴミでも入ったみたい?で!びっくりさせちゃったよね…!」



「うん…びっくりはしたけど」



樹くんが優しく微笑む。優しいけど、どこか悲しそうな笑顔。



「嘘つかなくていいよ」


「え…」


「ゴミが入ったわけじゃないでしょ」




樹くんのメガネの奥の瞳がじっと私を見てる。まるで見透かそうとしてるみたいに。




「何で泣いたのか、何が悲しかったのか…分かってる?」



「…えっと…」




何が…悲しかったのか。



…私、悲しかったの?