車は午後八時きっかりに駅へ向かう坂を登っていた。駅が見えてくる。大きな白い車が図々しい停車の仕方で止まっているのが見えた。辺りを探すまでもない、ドア・ウィンドを開けると向こうも顔を出し、待ち人がこの車で来たことを容易に確認したようだった。

 車を止め、その高級車へ乗り込む。高い芳香剤の匂いがした。
「久し振りだな」
「うん」
「仕事は何をしている?」
「発電所に行ったり、工場に行ったり、バーテンしたり」
「‥‥‥‥」
驚くほど派手なストライプのダークスーツを着た、鬼のような形相のその男は静かに、そして優しく話すよう気遣いながら、俺達とは明らかに違った迫力を放出していた。

 その夜、俺は随分と高級そうなクラブに連れて行かれた。高いコニャックの水割りを飲み、
「息子だ‥」
と紹介される度、接客の対応がやたらと丁寧に変わった。俺にはその差異が妙に滑稽に見えた‥。どう見てもその店にはそぐわないまだ十代のガキ、本当ならちょっとその店には入れて貰えそうになかった。
 そして深夜、離れた町に住む俺でさえその名と噂を聞いた事のある高級『トルコ風呂』へ連れて行かれ、又
「息子なので宜しく頼む」
と言って、親父は先に帰って行った。
 供されたレミーを飲みながらしばらく待っていると案内され、女性が三つ指を付いて迎えに来ていた。正直言って「ギョッ」とするぐらい美人だと思った。タレントの様で、スレンダーなとてもスタイルのいい人だった。
 エレベーターで腕を組まれ
「こんな処来るの、初めてですか?」
「はい」
「先にトイレ行かれますか?」
「いえ、いいです」

(これはオヤジさんが来る処だな‥‥)
 俺はその時本気でそう思った。
 俺は何故かイケなかった。