準備を終えて制服のネクタイを緩く結びながらリビングの方へ降りていくと、
当たり前のように席に着いて朝食を取っている涼香の姿。

いやいや、お前の家じゃねーからな。

まだ少し眠そうな俺に、睨みをきかせながら
「遅い。準備に時間かかりすぎでしょ」
「うるせーな。…てかお前、勝手に部屋入ってくんなよな」

「は、なんで?」

「……はぁ…母さんは?」

意味がわからないといった顔で俺を見た涼香にそれ以上のことは言わず、
いつもいるはずの母がいない理由を問う。

「あぁ、何か出張先変更になっちゃって〜みたいな、すっごい忙しそうに家出たよ。んで、あいつ二度寝するから起こしてくれって言われたんよ」

なるほど。家が隣同士じゃなかったらそんなこと出来なかったな。便利なこと。
まあまず俺が二度寝せずに起きればいい話なんだけど。

「ほお。そりゃどーもでした〜」

「何だそのいい加減な感謝は…って、うそ!もうこんな時間…え?」

ちょうど俺の後ろにある時計が見えたのだろう。家の時計と自分の腕時計を交互に見ながら焦り始めた。どうやら腕時計の時間が狂っていたようで、時間が無いことに気づいていなかったらしい。普段から大して気にしていない遅刻常習犯の冷静な俺に「何で言ってくれないの〜」と不満を零しながら慌てて食器を片付け始めた。

…えぇ、しっかり俺のまでさげてくれたけど、
俺まだ全然食ってねぇんだよなぁ……。

「てか涼香もいつも遅刻じゃん、何気にしてんの」
俺も大概遅刻ばっかだけど涼香だって俺の比じゃない。
何ならサボってカラオケ行くくらいだし。
「うるせーわい、今日は美波と約束があんの!」
お~こわいこわい。なんだようるせーわいって。どこぞのカンタくんだよ。
逆ギレもいいとこよ。困ったやつ、ほんと中身男だよな。
少しくらい女らしくすりゃあいいのに。

8時45分までに教室に居なければ遅刻扱い。そして今の時刻はもうすぐ8時35分になるところ。俺らの家から学校まで普通に歩いて10分かからないくらいの距離だが、教室までの道のりを考えたら急いでもギリギリ間に合わないだろう。

「あ、今日兄ちゃん…いや、どうだったかな。うーん、あるかなぁ〜」

始まった、涼香の独り言。

「ん~、兄ちゃんの自転車あるかも。七瀬、早く準備してよね。すぐ出るよ!」

はいはい。そんなに急がなくてもどうせ遅刻ですよ。
と思いながら駆け足で家を出ていく涼香の後ろ姿を目で追った。
ガチャっと玄関のドアが閉まる音を聞いて、俺はしゃがみこんで頭を抱える。

「はぁ〜。なんっであいつは…」

普通に考えて好きなやつが自分の部屋にいるとかやばいだろ。やべーよ。
兄さんの部屋に入るような感覚で俺の部屋入られちゃ困んのよ、涼香さん。

「幼馴染、か…」

涼香にとって俺はただの幼馴染なのだとつくづく思い知らされる。