「………やだ、くすぐったい和寛」

 声だけで愛羅に睨まれている気がして、和寛もくすぐったかった。
 何か言おうと口を開きかけたけれど、何も自分に言えることが見つからなくて、結局、

「…………えへへっ」

 小さく、恥ずかしげに笑い声を洩らす。
 すると愛羅がふっ、と噴き出し、笑いながら頭を押さえて、鞄ごと、忙しなくぐるぐると回り始めた。

「うわぁ、和寛に頭撫でられちゃった!和寛に身長抜かされちゃった!うわぁっ!」

「騒ぎすぎ、愛羅。今は夜だよ?それ以上騒いだらもう一回撫でるよ?」

「ふわあぁぁあ、和寛が悪魔になってるぅ」

 そして、二人で笑った。もう駅は目の前だ。

「…………じゃあ。私気づかなかったけど、送ってくれたんだ。やっぱ私和寛に迷惑かけてばっかだね」

「全然。じゃあ、気を付けて帰ってね、愛羅。バイバイ」

 手を振って駅の構内へと消えていく愛羅の姿が見えなくなってから、和寛はくるりと踵を返して先程の愛羅との会話を反芻していた。
 今まで自分が考えてこなかったこと、いや、目を背けて考えてこなかったこと。

(………………愛って、恋って、なんなんだろうね)

(…………私ね、ずーっと、なんで学校なんてあるんだろう、って、考えてたの)

(“人並み”以下の、私みたいな部類の人なんて、全っ然)

(たとえ自分よりも恵まれてない例を示されたって、周りとの劣等感が薄れる訳じゃないもん)

「…………………やっぱ、愛羅って凄いや」

 僕が嫌で嫌で、考えてもこなかったことにまっすぐ向き合って、考えて、そして悩めるなんて、弱虫で、目を背けて逃げ回る僕なんかよりも、全然。

 ____………頭上には、秋の大四辺形が浮かんでいた。