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「……………和寛さ、あの子から、お父さん、お母さんの話、聞いたことって、ある?」

 廊下で話すのも何だから、と移動した、北館への渡り廊下の中央。

 左右から賑やかな話し声が聞こえてくるなか、梨々香の話は、そんなところから始まった。

「え?そ、そういえば……………お祖父さんお祖母さんの話しか………」

「でしょ?で、予想できる問題といえば?」

 言われて、和寛は指折り指折り、一つずつ口に出していく。別居、虐待、家出、離こ…………。

「ストォーップ!」

「な、何っ!?」

「最後離婚って言ったね、さっき言った中であともう一個」

 梨々香の言葉に和寛は少し考え込む。
 愛羅の性格、健康状態等を鑑みれば、あとの答えは限られていた。

「………………別居?」

「そ、別居。でも、あの子に非がある訳じゃないわ」

 そう言って、梨々香は目線を落とし、凭れかかった壁を足でとんとんと叩く。
 その瞳は先ほど愛羅が『ささっちゃん』と呟いたときの瞳と何ら変わらないものに見えた。

「……保育園の頃にお父さんとお母さんが離婚して、父親の方に引き取られた。でもその父親は離婚したときに退職して、で、お金がないからその親の家に戻った。それが今の愛羅の家よ。離婚の理由っていうのが父親の精神障害。で、病院がある隣の県に勝手に出ていって住み着いちゃった。だから、今、愛羅ん家はお祖父さん、お祖母さん、愛羅の三人暮らし。収入は、お祖父さんお祖母さんの年金だけ。それで色々我慢して、今の愛羅がある感じ、かしら」

 一気に語って、梨々香は洟を啜った。
 それを隣で静かに眺めながら、和寛は漠然と、梨々香の親友思いの一面を垣間見たようだ、と考えていた。

「………両親が離婚してから、父親が出ていくまでは、五年ぐらいの空きがあるの。それまでの期間父親は病院に入退院を繰り返して、家にいるときに精神の状態が不安定なときは、娘である愛羅でも殺されそうになったことがあった、って。私がその話を聞いたときは、はっきり言ってなかったけど、聞いてて私、感じた。それでも愛羅、お父さんのこと大好きなのよ。お父さん思いなのよ。だからこそ、お父さんが精神障害に苦しんで、壊れていく様を眺めているのは、結構苦痛だったんじゃないかしら」


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