ある高校の生徒、菜摘(愛羅)は心に深い傷を負っていた。

 中学の頃に受けた、酷いイジメのせいである。
 周りには友情に無頓着で、冷たい人だと思われているが、実は誰よりも優しく、気弱な性格だったのだ。

 そんなとき、菜摘は誰かにぶつかってしまってプリントを落としてしまう。
 それを拾い上げ、笑顔で優しい言葉をかけながら渡してくれたのが、同学年の浩史(逸樹)だった。

 そのひょんとしたことから、菜摘は浩史に恋をしてしまう。
 しかしそれが大きな間違いだったのだった。

 その日から、あり得ない頻度で浩史に出くわすようになってしまう。
 最初はただの偶然だと思っていたのだが、そのうちにそうではないことが分かってくる。

 それは浩史が菜摘に会う度に黒くも見える笑顔を投げ掛けてくることと、話した覚えも名前を教えた覚えもないのに後ろから「菜摘!」と慣れ慣れしく呼んでくる辺りから、そう感づいたのだった。

 それについて高校生になってからできた親友、和希(弥生)は気にすることはないよと声をかけていた。
 和希には浩史がそんな頻度で菜摘に出くわしていることが分からなかったのだ。

 逃げても逃げても行く先々で浩史に出くわす。
 あるとき、十数秒も経たないうちに違う服装をした浩史に出くわしたことで菜摘はついに大声で叫んでしまう。

 走って逃げる、走って逃げる。

 しかしその先々で、やはり浩史は現れる。
 飛び込んだ教室で、菜摘は再び浩史に出くわし、追い詰められてしまう。

「逃げても無駄だ」

 低い、低い声。

 それはいつもの浩史の声ではなかった。
 それではっとした次の瞬間、菜摘は誰もいない遊園地に一人ポツンと立っていたのだった。

 そこで菜摘は中学時代いじめてきた人たちが無表情で立ち尽くしているのを見る。
 一人目はスルーし、二人目になって不審に思い、三人目になって肩を持って揺さぶってみた。

「ねえ、ここどうなってんのよ、ねえ、ねえええ!!!」

 菜摘はそう叫ぶと、膝から崩れ落ちる。

 と、途端にざわめきが耳に戻ってきて、周りを見回すとそこは見慣れた、自分の学校の階段の踊り場なのだった。

 人の流れの中、菜摘はゆっくりと立ち上がると、糸に引かれるように浩史の教室へと足を進める。
 たどり着いて、ドアから覗いたそこには………………

 _____一つの席…………浩史の席に、白い花とそれが差してある花瓶があるのみだった。