口から出たのは謝罪では無く罵倒。
僕の人格を否定する言葉の数々。
いやそれだけに留まらず、
15歳で僕を産んだ母。
本当の両親のように接してくれた祖父と祖母。
僕が“幸せ”に感じていた家庭さえをも侮辱する言葉。
あの日の図書室。
“愛情”だと僕が思っていたのは、
ただの“同情”だった。
何をどううまく言いふらしたのか、
妻の友人達、僕の友人達の間で、
いつの間にか僕は悪者になり、
二人で手を繋ぎながら婚姻届を提出した市役所へ、一人で離婚届を提出した後、
相手の男から支払わせたわずかな慰謝料を手に、僕は生まれ育った故郷へ帰っていった。



