彼の愛情は、私にしっかりと伝わっているのに。
彼がどれだけ私を愛してくれているのかも、わかっているのに。
なのに、人間不信が邪魔をする。
彼はどんどん先へ行ってしまう。
遠くへ、とても遠くへ行ってしまう気がする。
そう思ってしまうのは、何故だろう。
「心愛ちゃん…?」
再び黙りこくる私を不審に思ったのか、彼は私の顔を覗き込んだ。
「何ですか?」
「どうしたんだよ、さっきから黙り込んで。何かあった?」
「いいえ、何も」
「嘘だよ、そんなの。元気ない」
私の心に渦巻くこの黒い渦を打ち明けたところで、何になるっていうの。
言ったって、現実は何も変わらない。
「…どうして、遥香さんと別れたんですか」
「え?どうしたんだよ、急に」
「こんな素敵な人、離しちゃだめですよ」
私は彼の手を引っ張り、遥香さんの手と重ね合わせた。
「心愛さん…?」遥香さんは目を丸くして私を見ていた。
「心愛ちゃん…?」彼も、私の突然の行動に驚いて、固まっていた。

でも、これでいいの。これでもう、私は彼に会うことはない。
もう、二度とー。

私は振り返らず走って、遥香さんの店を出た。
後ろから、遥香さんと彼が呼ぶ声がしたが、聞こえないふりをした。
「心愛ちゃん!待ってよ…!」
彼が叫ぶようにして言った。
けれど、私は彼への気持ちを断ち切るように走った。
走って走って、ここがどこなのかわからなくなるくらい夢中で走った。
足が痛い。それに、走り過ぎて息が苦しい。
走ったり小走りで歩くだけでも息が切れるということを、私はすっかり忘れていた。
それほどまでに私の体は、元気な時と比べて弱っている。
「はあ、はあ…疲れた」
ふと見上げた水色の空には、黄色い三日月がぽっかりと浮かんでいた。

「損な役回りだなあ、私」

三日月を見て呟いた言葉は、雑音に掻き消された。


―さようなら、博人さん。今までたくさんの愛を、ありがとう。
私の分も、幸せになってね。

そう思いながら空をゆっくりと眺める。
歪んで見える空が証明していたのは、私の涙が止まらないという事実だった。
拭っても拭っても溢れ出す涙。私はその場に座り込んだ。
悲しみは消えない。
私は、彼への想いをそっと、胸に仕舞い込んだ。
大粒の涙は、なかなか止んでくれそうになかった。